抗体の標準バリデーション
免疫検出試験が成功するかどうかは、使用する抗体の品質によって決まります。しかし、抗体試薬は非常に多様であるため、その後のアプリケーションの抗体を選ぶときは、実施予定のアプリケーションで試験が行われているだけではなく、必要な特異性、感度、再現性を示すか、時間をかけて確認すると良いでしょう。これらの貴重なデータは、抗体の製造およびバリデーションの過程で得られ、抗体に添付されている製品のデータシートなどに記載されています。
抗体の情報
抗体産生に用いた免疫原の性質に関する詳細から、特定のアプリケーションで抗体が有効に働くか否かがわかります。免疫原は通常、全長タンパク質、タンパク質フラグメント、またはペプチドですが、細胞や微生物全体を用いることも可能です。例えば、遺伝子導入細胞株におけるC末端組換えタンパク質フラグメントの発現を確認するために免疫検出を使用したい場合、標的タンパク質のN末端に対する抗体を選んでも意味がありません。あるいは、細胞溶解または細胞透過化を回避するプロトコルを用いて細胞表面のタンパク質を免疫検出するのが目的であれば、タンパク質の細胞内領域よりも細胞外領域に対する抗体を選ぶのが賢明でしょう。
また、抗体のクローン性も考慮する必要があります。動物に免疫して産生するポリクローナル抗体は、さまざまな抗体を含んでいますが、目的のターゲットを認識する抗体はその一部だけです。ポリクローナル抗体は、免疫を受けた動物ごとにその性能が大きく異なる可能性があるため、一貫した再現性のある結合能を有する抗体が恒常的に供給される保証はありません。ハイブリドーマ技術で産生するモノクローナル抗体は、単一の抗原エピトープを認識し、容易に大量生産することができます。モノクローナル抗体の性能は、一貫性があるため、特にスクリーニングキャンペーンなどの長期的プロジェクトに望ましい場合が多いです。
免疫原アフィニティー精製によって、ポリクローナル抗体調製物中の標的特異的抗体を濃縮できますが、すべてのポリクローナル抗体がこのように精製されているわけではありません。その代わり、多くの抗体にはクラス特異的なアフィニティー精製が行われています。クラス特異的なアフィニティー精製は、プロテインAやプロテインGなどの固定した捕捉タンパク質に対する抗体Fc領域の結合能の違いを利用しています。この精製方法は特定の抗体クラスが豊富に得られ、ほとんどの血清タンパク質は除去されますが、非特異的抗体は除去されません。このことは、ある程度の交差反応性が残る可能性があることを意味しています。モノクローナル抗体は、目的の抗体が調製物中で1種類の抗体のみとなるので、免疫原アフィニティー精製を必要としません。
アイソタイプが異なると、生物学的特性や機能が違い、バックグラウンドの染色レベルに影響を及ぼす可能性があるため、免疫検出に使用する抗体のアイソタイプを知っておくことは有用です。アイソタイプ・コントロール抗体は、その後のアプリケーションに使う抗体と同じアイソタイプですが、ターゲット抗原に対する特異性がありません。アイソタイプ・コントロール抗体は、バックグラウンド染色と特異的抗体の測定結果を区別するためによく用いられます。
抗体メーカーが日常的に実施することは少ないものの、エピトープマッピングにより抗体の結合特性に関する情報がさらに得られる可能性があります。本来の構造を持つタンパク質に対して産生された抗体は、一般に立体構造に依存するエピトープまたは不連続なエピトープに結合します。もし、こうした抗体を還元タンパク質や変性タンパク質の免疫検出に用いた場合、上手く結合する可能性はほとんどありません。同様に、ペプチド免疫原に対する抗体は、タンパク質が完全に折りたたまれた状態では、そのエピトープを認識し結合することができない場合があります。
ターゲットに関する情報
標的タンパク質に関する背景情報を調べることで、研究者はサンプル中に標的タンパク質が検出される可能性があるか知ることできます。Prestige Antibodies®はHuman Protein Atlasのデータで裏付けされています。Human Protein Atlasのデータは、組織レベルおよび細胞内のタンパク質発現に関する詳細に加え、正常組織とがん組織の発現の差に関して豊富な情報を提供しています。この強力なリソースは、予想される組織/細胞での局在パターンを探索したり、抗体や試験に適したポジティブ・ネガティブコントロールを選んだりする際に自由に使用できます。
分子ターゲットに関するもう1つの有用な情報源はUniProtであり、例えば、タンパク質の理論的分子量についての参考として使用できます。また、存在が知られているアイソフォームの数、特定のアイソフォームが特定の条件下でより多く存在するのか、特定の細胞や組織内でより多く存在するのか、またタンパク質が翻訳後修飾を受けるのかといった詳細も得ることができます。翻訳後の修飾は、タンパク質の理論的分子量に重大な影響を及ぼし、ウェスタンブロットで当初予想されたよりもかなり高分子量にバンドが検出される可能性があることは留意すべきです。
場合によっては、規定の実験条件を用いて、標的タンパク質の発現を免疫検出可能なレベルまで増強する必要があります。例えば、HIFタンパク質発現の促進には低酸素が用いられたり、LC3などのタンパク質を測定可能なレベルに生成するためにオートファジーの誘導を必要としたりします。また、核やミトコンドリアの分画を生成して、これらの細胞サブコンパートメントに特異的なタンパク質の検出を容易にしたりすることができます。特定の標的タンパク質、特に検出がより困難なタンパク質について、他の研究グループが採用している手法を知るには、文献を参考にすると良いでしょう。
種のバリデーション
多くの場合、ヒト抗原に対して作製した抗体は、生物種間の配列相同性により、マウス、ラット、またはウサギなどの他の動物種に由来するサンプル中の同一抗原も認識します。しかし、常にこのとおりとは限らず、抗体がテストされ機能性が確認された動物種の詳細は、製品のデータシートに記載されています。多くの場合、テストの結果、抗体の機能が不十分であると判明した動物種についても、未試験の動物種に対し予測される反応とあわせて詳細が記載されています。
予測される反応性を推定するためには、MultAlinやClustal W2などの無料オンラインリソースがシーケンスアラインメントのツールとして優れています。こうしたツールは、異なる動物種の同一タンパク質間の相同性の割合に関する情報を得たり、類似性や相違点の最大の度合いがどこにあるかを判断する際の視覚的補助手段としても使えたりします。
アプリケーションのバリデーション
抗体製品のデータシートには通常、テスト済みのアプリケーションがすべて記載されています。最も一般的なアプリケーションは、ウェスタンブロッティング、免疫細胞染色、免疫組織染色(IHC)、ELISA、フローサイトメトリーなどです。IHCに関して注意すべき重要な点は、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)サンプルに使う場合と、凍結組織で使用する場合で抗体の挙動が大きく異なる可能性があることです。凍結組織内で抗原が上手く結合してもFFPEサンプルでも同じ結果が出るとは想定できず、その逆も然りです。データシートには、IHCでの抗体の妥当性が確認されたサンプルの種類を明記しています。
抗体が使用に適すると記されたアプリケーションについては、参考となる推奨プロトコルが記されている場合が多いです。推奨プロトコルには通常、推奨される抗体の開始希釈濃度とインキュベーション時間が記されていますが、エンドユーザーはどの実験段階でも常に最適化する必要があります。
ウェスタンブロッティングで良好な結果が得られた抗体は、予測分子量のきれいなバンドを検出し、バックグラウンド染色は最小限に抑えられているはずです。一方、免疫細胞染色またはIHCで性能が高い抗体は、文献に記載された予測どおりの染色パターンを示すはずです。ある抗体がELISAに適すと記されている場合、試験で用いられたELISA法の詳細を確認すると有用です。サンドイッチELISA法が実施されていた場合、特異的なペア抗体が推奨されているかどうかを確認してください。フローサイトメトリー用の抗体は、検出を容易にするために蛍光色素に直接結合させて提供される場合が多いです。この場合、マルチカラーでフローサイトメトリー実験を設定する際に、クロストークを回避できるように標識された色素の励起波長と蛍光波長を確認したほうがよいです。
保存・取扱いに関する情報
抗体の中には溶液として提供されるものがあります。例えば、腹水、組織培養上清、または精製した抗体に規定のバッファーを添加した製品などです。それ以外の抗体は、溶解が必要な凍結乾燥フォーマットで提供されます。液体の抗体は、開封前に軽く遠心分離し、製剤の損失や汚染を防ぎます。凍結乾燥された抗体は、製造元の指示事項に従って慎重に溶解してください。抗体の凍結乾燥は、さまざまなバッファー成分の存在下で行うことが多いため、最終的なバッファー組成を不注意で変えてしまい、抗体の性能に影響が及ぶことがないように、溶解手順を正しく守ることが重要です。
多くの抗体は、凍結や凍結融解の繰り返しにより、性能が低下します。抗体のデータシートには、製品ごとに適切な保存条件の詳細を記載しています。蛍光色素または蛍光タンパク質を標識した抗体は、通常凍結に耐えられず、非標識抗体製品よりも保存期間が短くなる可能性があります。蛍光標識抗体は通常、遮光のため不透明なチューブに入れて提供されます。蛍光標識抗体を用いる場合は、蛍光シグナルが消失しないように、保存とその後のインキュベーションも暗所で行う必要があります。
ロットのバリデーション
抗体の各ロットには、そのロットの濃度データやテストを行った各アプリケーションのバリデーションデータを含めた、ロット固有のデータが提出されます。特にポリクローナル抗体の場合は、抗体の全バッチが同じ挙動パターンを示すと考えるべきではありません。貴重なサンプルに使う前に、予定したアプリケーションで適切なコントロールを置き、新規ロットごとに前ロットと並行してテストを行うことをお勧めします。
引用
抗体製品のページには、使用した抗体が引用されている公表論文の一覧が掲載されています。PubMedおよびCiteAbは、論文で提案されている免疫染色プロトコルに関する情報源として優れており、使用が成功したサンプルの種類が詳述されている場合が多いです。モノクローナル抗体の場合、クローン名でオンライン検索すれば、起源や製造方法の詳細などの追加情報が得られるでしょう。
品質管理
メルクは、世界中に製造拠点を持つグローバル企業です。開発および製造工程は厳格な品質管理および品質保証の対象であり、各抗体製品には包括的な「試験成績書・製品情報シート」が添付されています。
研究目的での使用に限定されます。診断目的での使用はできません。
製品仕様に特に記載のない限り、抗体製品はすべて研究用途のみで販売しており、それ以外の目的(商用利用、診断用途、治療用途など、ただしこれらに限定されない)で使用することはできません。私たちのバリデーションプロセスは研究用途にのみ該当し、抗体がここに記載したような未承認の用途に使用可能であることを確認または保証するものではありません。
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