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Merck

蛍光ナノダイヤモンド

Dr. Olga A. Shenderova

President, Adámas Nanotechnologies, Inc.

はじめに

ナノダイヤモンド(ND:nanodiamond)粒子は、生物医学における診断、イメージング、および治療薬として1、あるいは量子情報処理における暗号化および量子計算用に、さらにナノ磁気測定における単一スピン検出器として2,3、用途が拡大しています。これらの用途のほとんどは、ダイヤモンドの点欠陥に由来するユニークな光学および磁気的特性を利用しています。広いバンドキャップが存在するため、しばしばナノダイヤモンドには原子欠陥または不純物が含まれており、その一部が高発光性であることから、蛍光プローブ、カソードルミネッセンス、または光音響イメージング剤1として開発が期待されています。ナノダイヤモンドは細胞毒性や遺伝毒性1が低く、生物学的適合性が高いナノ材料です。

蛍光ナノダイヤモンド(FND)の光学的特性

ダイヤモンドには、多くの窒素が不純物として含まれています。さまざまなN含有欠陥が知られていますが、孤立置換窒素原子または2つの最隣接置換窒素原子として結晶格子に取り込まれます。窒素原子によって捕捉された空孔は、ダイヤモンド内の窒素の状態に応じて、異なる色中心を形成します。ダイヤモンドの赤/近赤外蛍光の原因である窒素-空孔(N-V)欠陥と、鮮緑色のフォトルミネセンスを有する窒素-空孔-窒素(N-V-N)色中心(またはH3中心)とが、光学活性欠陥として最もよく研究されています(図11-3。N-V中心は、1つの置換窒素原子と隣接空孔によってダイヤモンド中に形成された欠損ですが、N-V-N中心は窒素-空孔-窒素複合体からなります(図2)。空孔は、ナノダイヤモンドが高エネルギー粒子の照射を受けることによって生じます。それに伴う高温アニーリングは、窒素原子による空孔拡散と色中心の形成を引き起こします。

ダイヤモンドの蛍光

図1結晶格子中に取り込まれた色中心によるダイヤモンドの蛍光。窒素-空孔中心(N-V)は赤色蛍光()を生じ、N-V-N(またはH3中心)は緑色光を発します()。

ナノダイヤモンド粒子の発光スペクトル

図21 mg/mLの濃度で脱イオン水に分散された(a)N-V中心と(b)N-V-N中心を有する100 nm ナノダイヤモンド粒子のフォトルミネッセンス発光スペクトル。励起波長はそれぞれ532 nmと442 nm。(b)の488 nmでのピークはダイヤモンドのラマンシフトに相当します。

N-V中心を有するナノダイヤモンドは、490~560 nmの光励起波長に対し赤/近赤外(637~800 nm)で発光し(図2a)、ほとんどの細胞自家蛍光波長とは重ならないため、バイオイメージング用途によく適しています。低吸収スペクトル窓で発光が生じる点も、周辺組織への光の浸透が大きいため生物学的ラベリングに好都合です。N-V中心のスペクトルは、負に帯電した欠陥(N-V-)では638 nmでゼロフォノン線(ZPL)を示し、中性状態では575 nmでZPL(zero-phonon line)を示します(図2a)。N-V中心を含むナノダイヤモンドの発光強度は、1粒子中のN-V中心の数によって決まります。例えば、全反射蛍光顕微鏡(TIRF:total internal reflection fluorescence microscopy)測定を用いて同一条件下で並べて比較した場合、100 nmナノダイヤモンドのPL輝度は、Atto 532色素の輝度よりも1桁以上大きいとされています。H3中心は、青色光で励起した場合に約530 nmで最大の緑色蛍光を発します(図2b)。N-VおよびN-V-N中心の注目すべき特徴は、高エネルギー条件下で連続的に励起しても光褪色または明滅しない4ことで、この極めて高い光安定性により従来の発色団よりも優れた材料となる可能性が期待されています。

ナノダイヤモンド粒子中の負に帯電したN-V中心は、量子センサー用の重要なシステムとしても注目されています2,3。N-V-中心のスピン状態は光学的に検知された核磁気共鳴(ODMR:optically detected magnetic resonance)といった磁気共鳴法で検知可能であり、周辺の磁場環境に鋭敏なため、ひとつのN-V-中心を有するナノダイヤモンド粒子は、超高感度磁気感知計として利用できます。磁場以外に、N-V-中心は電気、温度、ひずみに対しても高い感度を示します2,3

ナノダイヤモンドの表面化学

色中心はダイヤモンド内部に存在するため、蛍光特性は表面修飾の影響を受けません1。ダイヤモンドの表面は化学的に不活性と考えられているものの、ナノダイヤモンドの表面には多数の含酸素官能基(すなわち、-COOH、-OH、カルボニル、エステル、その他)が含まれています。これらは、強い酸化剤を用いる精製の過程で導入されるか、またはLiAlH4を用いるような還元反応によって生成します5。水素によるsp2炭素のエッチングを用いてもナノダイヤモンドを精製することができます。また、化学的方法、光化学的方法、機械化学的方法、酵素学的方法、プラズマ方法、およびレーザーアシスト方法などによって、表面修飾が可能です5。強力な化学処理または高温/低温処理(すなわち、滅菌用オートクレーブまたは保存用液体窒素)により、コアの結晶構造(sp3結合)を損なうことなくナノダイヤモンドを医療用途に適したものへと改変します。様々な方法で表面修飾ができるため、静電相互作用と共有結合の双方の相互作用を利用して、種々の生体分子(例えば、タンパク質、酵素、ホルモン、抗原、DNA、または薬物)の結合に有用な他のマトリックスにナノダイヤモンドを容易に取り込ませることができます6。例えば、脂質層に蛍光ナノダイヤモンドを封入することで、細胞質内での粒子の拡散が1桁以上向上します7。ナノダイヤモンドの表面に様々な有機官能基を導入し、その有機官能基に生物活性分子を結合させることで、診断および治療への利用が期待できます。いくつかの細胞アッセイにおいて、目的のビオチン標識抗体結合ストレプトアビジンと共有結合した蛍光ナノダイヤモンド(FND:fluorescent nanodiamond)の標的特異性が高いことが示されています8。非特異的標識化を回避するために、ウシ血清アルブミン(BSA:bovine serum albumin)を安定化剤として用いることが推奨されており、それによってリン酸緩衝食塩水中での凝集に高い耐性を示すBSA被覆ダイヤモンドナノ粒子が得られます9

利用例

2005年に生体外(in vitro)の生物学的標識として蛍光ナノダイヤモンドが用いられたことが最初に報告されており10、N-V中心を含む蛍光ナノダイヤモンドが自然に細胞内に内在化可能であることや毒性が非常に低いことが示されています。これらのダイヤモンドの蛍光の輝度および安定性は、細胞内でダイヤモンドの単一粒子を追跡するのに適しています4。ダイヤモンドからの安定した蛍光は、長期間にわたる光学的追跡とナノスケールの感知を可能にしています。ナノダイヤモンドの蛍光寿命は最大約20 nsと長寿命であり、細胞や組織の自家蛍光寿命約3 nsよりもはるかに長いため、N-V中心蛍光の時間分解検出11により細胞内でのナノダイヤモンドの画像コントラストを改善することも可能です。

蛍光ナノダイヤモンドの理想的な光安定性は、STED(Stimulated Emission Depletion)法による超解像イメージングを可能にし9、リアルタイムで高分解能三次元イメージングが容易に実現します。  STED顕微鏡法を用いることで、細胞内で単一蛍光ナノダイヤモンド粒子(約30 nm)が約40 nmの回折解像度で識別されました9

多光子励起イメージングは、より深部の生体組織イメージングを可能にする強力なツールです。  この手法では、焦点スポットで蛍光団が励起されるので、細胞の自家蛍光が減少します。  さらに、より良い画像コントラストが得られるとともに光による細胞のダメージは少なくてすみます。  単一蛍光ナノダイヤモンド粒子(約40 nm)が細胞内に存在することは、赤外フェムト秒レーザーを用いて検出されました7

N-V-中心が光学的に核磁気共鳴で検知される性質は、in vitroおよびin vivoで蛍光ナノダイヤモンドの画像コントラストを改善し、内因性分子により生じる自家蛍光の問題を克服するために利用されています12,13。マイクロ波照射にかわる手法である広視野蛍光in vivoイメージングでは、N-V-中心の蛍光強度のみを変調し、バックグラウンド蛍光は一定に保たれます。画像処理によってバックグラウンドの自家蛍光信号が効果的に取り除かれ、画像コントラストが著しく改善されました12。この方法では変調磁場により、センチネルリンパ節に位置するナノダイヤモンドのN-V-中心がノイズのない広視野イメージングで捕らえることができました14。画像コントラストは2桁近く向上しています。ナノダイヤモンドの色中心はカソードルミネッセンスを有し、長期間にわたる電子ビーム照射にも安定で、光-電子相関顕微鏡法(CLEM:correlative light and electron microscopy)によるバイオイメージングに有用なプローブとなります。CLEA顕微鏡で、HeLa細胞中の緑と赤の蛍光ナノダイヤモンドのカラー画像が得られ15、生きた生物中で優れた空間分解能の構造の詳細を得られることが示されました。臨床診断の感度の向上が期待されます。

まとめとして、色中心を含むナノダイヤモンドは光褪色や明滅を生ぜず、明るい蛍光を発します。生体適合性があり、官能基化も容易であるため、ナノダイヤモンドは分子イメージングと細胞標識に対して有望なプローブです。ナノダイヤモンドの特定の色中心が持つスピン特性ととフォトルミネッセンス特性を独自に組み合わせることで、バイオイメージングとセンサーの新たな手法の発見につながる明るい展望が開かれています。

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