蛍光消光顕微鏡法:2次元材料のイメージング
Alane Lim, Jiaxing Huang
Department of Materials Science and Engineering, Northwestern University, Evanston, IL 60208, USA
はじめに
ここ数年で開発された蛍光消光顕微鏡(FQM:Fluorescence quenching microscopy)法1-3は、グラフェン系シートおよびMoS2などの2次元(2D)材料を高速、安価、高い信頼性で可視化できる方法です。グラフェンおよびその他の新規2D材料は、これまでにない特性および応用の可能性を有しているため、近年、非常に高い関心を集めていますが4、これら材料の特性評価は課題として残されています。従来の蛍光顕微鏡法では蛍光標識が必要で、色素を励起・蛍光させ、暗いバックグラウンドに対して標的を発色させます。しかし、グラファイトやグラフェン系シートなど、測定対象が強い蛍光消光性を示す場合、この方法は非効率的になります1,5,6。FQM法では逆のアプローチを使用し、標的とその周辺領域を共に蛍光層で被覆して励起すると、明るい背景に対してグラフェン系シートが暗く現れます。2D材料は長距離での蛍光消光能力を有するため1-3,5、層の重なり、しわ、ひだが単層シートよりも暗く見え、これらを識別することも可能です。そのため、FQM法では、原子間力顕微鏡(AFM:atomic force microscopy)法および走査型電子顕微鏡(SEM:scanning electron microscopy)法と同等の、層レベルの分解能を持つ高コントラストの鮮明な画像が得られます。FQM法のさらなる利点はその適応性の高さにあり、任意の基板上や溶液中で2Dシートの画像を得ることができます。
蛍光消光顕微鏡法による2D材料イメージングの基本原理
グラフェン系シートによる色素分子の蛍光消光は、双極子-双極子相互作用を介した長距離のエネルギー移動または短距離の電子/電荷移動によって起こります。電荷移動が起きるには軌道の重なりが必要であるため、電荷移動は分子の接触する距離内に限定される現象です。これとは逆に、双極子-双極子相互作用は、分子間の距離が離れていても、または分子で占有された空間においても、遥かに長距離まで働きます7。蛍光消光は両方の機構で起きますが、FQM法で様々な数の層を区別することができるのは、基本的にフェルスター共鳴エネルギー移動(FRET:Förster resonance energy transfer)である長距離機構によるものです1-3,8。FQM測定における信号のコントラストは、測定試料と基板の蛍光消光性の差から得られます(これはすべての材料についてほぼ共通しています)。標準的な光学顕微鏡でFQM法を実施する場合、横方向の解像度が回折限界で決まるため、グラフェンシートや酸化グラフェン、その他2D材料の薄片などの、横寸法がマイクロメートル程度の物体の画像化に特に適しています。
蛍光消光顕微鏡法の方法と手順
FQMの試料調製は、色素をドープしたポリマー層を基板にスピンコートすることで簡便に行うことができます(図1A)。ポリマーは、画像化のための蛍光色素を分散した均一な薄膜を形成するために用いられます。グラフェン系シートは幅広い波長において消光する能力を持つため、FQMは照射する励起光波長に限定されず、広範囲の蛍光性物質を使用できます。したがって、異なる溶媒中での加工性や薄膜形成能力に応じて、多数の色素/ポリマーの組み合わせが使用可能です。例えば、フルオレセイン/ポリビニルピロリドン(FL/PVP)は、水およびエタノール中で調製可能です。4-(dicyanomethylene)-2-methyl-6-(4-dimethylaminostyryl)-4H-pyran/ポリ(メタクリル酸メチル)(DCM/PMMA)は、クロロホルム、トルエン、アニソールなどの有機溶媒中で調製できます。蛍光層は試料の上下どちらに被覆することも可能です。色素/ポリマー層の厚さはFQM画像のコントラストに影響し、数十ナノメートルの厚さの色素層を使用した場合に、高コントラストで様々な数の層を識別できる最高画質のFQM画像が得られることが示されています。図1Bに、カバーガラスに堆積した酸化グラフェン(GO:graphene oxide)シートを、蛍光顕微鏡の接眼レンズを通してデジタルカメラで直接撮影したFQM画像を示します。この画像は、裸眼で見たFQM像に相当します。注目すべきは、基板自体が蛍光性を持つ場合は、その自家蛍光を利用してFQM法を直接実施でき、色素層を追加する必要がないという点です。
図1A)任意の基板に堆積した試料を色素で被覆することで、簡便にFQMを実施することができます。B)カバーガラス上の酸化グラフェンシートを顕微鏡の接眼レンズを通してデジタルカメラで直接撮影した、裸眼で見たFQM像に対応する画像。様々な数の層が高いコントラストで確認可能で、しわ、ひだ、重なりが明確に判別できます。色素層はFL/PVPを使用しています(許可を得て文献1より転載。copyright American Chemical Society)。
2D材料のイメージングに最も一般的に使用されている顕微鏡法である、光学顕微鏡の反射モード、原子間力顕微鏡(AFM)法、走査型電子顕微鏡(SEM)法の3つと比較して、FQM法には大きな利点があります。これらの一般的な顕微鏡法はすべて、特定の基板に堆積した2Dシート以外には使用できません。光学顕微鏡の反射モードでは、特定の種類のシリコンウエハに堆積した試料を使用しないと十分なコントラストが得られません。一方、AFM法はスループットが非常に低い測定方法で、分子レベルで平坦な基板上の狭い領域の画像しか得られません。SEM法では、シートを導電性基板に堆積させる必要があり、真空中でしか測定できません。これらとは対照的に、FQM法は、AFM法および反射型分光法と比較してかなり粗い表面でも測定可能で、金属、ガラス、プラスチックを含む幅広い基板が使用可能です。従来の方法では、ガラスまたはプラスチック製基板上のグラフェンおよび関連する2D材料のイメージングは困難でしたが、FQM法でようやく、一般的な化学物質および実験器具を使用して、これら2Dシートの顕微鏡画像を短時間で得ることができるようになりました。
図2A)スピンコート法および、B)LB法でカバーガラスに堆積した酸化グラフェンシートのFQM画像。C)透過モードおよび、D)FQMモードで撮影した、フルオレセイン溶液に懸濁させた酸化グラフェンシートの光学顕微鏡画像。E)銅箔上で成長させたCVDグラフェン片のFQM画像。F)FQM法では、黒鉛化の程度が異なるグラフェン系シートを容易に識別できます。G)反射モードおよび、H)FQMモードで撮影した、SiO2/Si基板上でCVD成長させたMoS2シートの光学顕微鏡画像。FQM画像では、層が薄いほど明確に見えます。(C~D)は許可を得て文献1より転載。copyright American Chemical Society。(F~H)は許可を得て文献3より転載。copyright John Wiley & Sons, Inc.
蛍光消光顕微鏡法の可能性
FQMは簡便かつ安価なため、すでに多くの研究グループがグラフェン系シートの特性評価にFQMを使用しています。FQMが特に適しているのは、試料または薄膜の形態を短時間で確認したい場合で、従来はSEMによる解析が必要でした。FQMでは、カバーガラスなどの遥かに安価な基板を使用して、SEMと同等の高画質が得られるので、マイクロメートルサイズの多数のシートに関する一般的な画像化についてはSEMと置き換えることができます。実際に、Northwestern大学では学部生向けの実験モジュールの1つにFQMを導入し、グラフェン系シートの最終的な薄膜のミクロ構造に対する製造方法の影響を調べるためにFQM法を使用しています。図2Aおよび2Bは、それぞれスピンコート法およびLangmuir-Blodgett(LB)法でカバーガラスに堆積させたGOシートのFQM画像です9。被覆率が明らかに異なるだけでなく、LB法で調製した試料と比較して、スピンコート法による試料にはサイズの小さいGO粒子が非常に高い割合で含まれています。これは、GOの両親媒性がサイズに依存するためで10-12、シートが小さいほど電荷密度が増加してより親水性になり、LB法において水表面に留まる可能性が低くなることを表しています。また、FQM法では水中のGOシートを直接可視化することもできます。フルオレセイン水溶液に懸濁させたGOシートが、透過モード(図2C)ではかろうじて見えているのに対し、図2DのFQM画像では明確に現れています。この特性を利用して、脱濡れ(dewetting)の際に毛細管現象でGOシートがどのような挙動を示すのかをリアルタイムで観測することが可能となり、我々はエアロゾルを基盤とした合成法によって丸めた紙のような形状のグラフェンを得ることができました8,13。前述したように、FQM法は、サンプルと基板の蛍光を消光する能力の差が検出可能である限り、一般的に適用できます。したがって、金属表面は強い消光性を示しますが、金属表面に堆積したグラフェンでもFQM法で可視化可能です。1つの例として、化学気相成長(CVD:chemical vapor deposition)法により銅箔上で成長させたグラフェン片を図2Eに示します3。FQM法に特有なもう1つの特長は、黒鉛化の程度が異なるグラフェン試料を非常に容易に比較できる点にあります。図2FのFQM画像では、GOと還元型酸化グラフェン(r-GO)との間で非常に強いコントラストが見られますが、r-GOの蛍光消光性がGOよりも強いことから、r-GOの黒鉛化度がより高いことが言えます1。この特性は、グラフェンシート上に絶縁性sp3領域を形成することで作製されたグラフェンパターンまたはグラフェン回路の可視化に非常に有効で14、さらに最近では、MoS2シートの可視化にもFQM法が使用されています(図2G~2H)3。
FQM法では色素/ポリマー層による被覆を行うために、新たなプロセスの導入が必要な点、および試料への不純物の混入の可能性が高まる点について懸念があります。しかし、ほとんどの一般的なサンプル検査では、顕微鏡での観察後に大半の試料は他の実験で使用されないため、このような問題は生じません。同一の試料についてさらに実験を行う場合でも、FQMは、難しい手順を追加することなく既存のプロセスに容易に組み込むことができ、FQMを用いることで新たな可能性が見いだされることもあります。例えば、CVD成長させたグラフェン試料を金属箔基板から転写する際によく使用されるPMMA層は、FQMの蛍光層として使用することが可能です。同様に、デバイス作製の際には、通常、フォトレジストまたは電子線露光用レジストポリマー層で試料を被覆する工程が含まれているので、この層をFQMに利用することも可能です。実際、シートを限定した投影リソグラフィで薄片1個を最初に選択し、次に蛍光顕微鏡下でその薄片にフォトリソグラフィを実施することができます2。最後に、色素はポリマー層内に分散しているので、2Dシートと接触する色素分子数は非常に少なく抑えられます。少なくともFL/PVPシステムでは、蛍光層の下のシートを分断したり汚染したりすることなく、水やエタノールで蛍光層を簡便に洗い流すことができます1。
参考文献
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