はじめに
キチンは天然の多糖類で、セルロースについで世界で2番目に豊富な天然バイオポリマーです。まず、高弾性繊維であり、カニ、エビ、ロブスターなどの節足動物の外骨格や、一部の菌類の細胞壁の主成分です。また、不溶性、直鎖状、高結晶性の高分子で、N-アセチル-D-グルコサミンがアイソタクチックにつながった構造をとります(図1A)。キトサンは、天然に存在する唯一のカチオン性アミノ多糖類(図1B)で、キチンのN-脱アセチル化によって生成し、N-アセチルグルコサミンとグルコサミンとの共重合体です。キトサンは、脱アセチル化度(DDA:degree of deacetylation)によって特性評価され、DDAが>40%の場合は希酢酸に可溶です。キトサンは、生体適合性に優れると同時に、生分解性も良好で酸性分解物を生成せず、毒性を持たないことから、創傷治癒や、血液透析膜、薬物および遺伝子送達系、インプラントコーティング、組織工学/組織再生などのさまざまな生物医学の分野で広く研究されています。キトサンに第一級アミンや水酸基を介してペンダント基をグラフト化することにより、高分子骨格に手を加えることなく元来の性質を維持しながら、生物医学用に特化した機能性をキトサンに付与することができます。
図1A)キチンおよびB)キトサンの化学構造
キトサンの薬物送達および遺伝子送達での利用
キトサンは、そのユニークな生理化学的、生物学的性質のために、薬物送達系での利用に理想的な材料です。例えば、腸や鼻腔、頬の粘膜の薬物透過性がキトサンによって向上することが報告されています1。インスリンをカプセル化したキトサンナノ粒子がウサギの鼻腔への送達用に調製されたのは、1997年のAlonsoらの研究が最初です2。これまでの研究から、インスリンやカルシトニンをはじめとするペプチドの鼻上皮からの吸収が、キトサンによって増大することが明らかになっています3。また、キトサンナノ粒子は遺伝子送達用としても開発されています4。優れた生分解性、生体適合性に加え、酸性溶液中でプロトン化された場合に静電相互作用によってDNAとの複合体を形成するというユニークな性質のために、キトサンは、最も重要な天然高分子遺伝子送達ベクターです5,6。プラスミド送達用にキトサンを用いることを最初に報告したのは、Mumperらです7。キトサン/プラスミドDNAナノ粒子は、プラスの電荷をもつキトサンのアミノ基と、マイナス電荷をもつDNAのリン酸基との間の複合体形成によって、容易に作製されます。また、キトサンの分子量と脱アセチル化度(DDA)は、遺伝子送達におけるキトサンの性能に大きな影響を与えます。まず、高分子量のキトサンの場合は、DNAとの鎖の絡まり合いが増して強固な複合体が形成され、遺伝子送達効率が向上します8。一方、DDA(通常40~100%)は、キトサンの生理化学的な性質に影響を与えます。中程度のDDAでは、遺伝子送達系におけるキトサンの導入効率が向上しますが、純粋なキトサンでは、ウィルスベクターに比べて比較的低い導入効率のままです。遺伝子導入効率を向上させる試みとして、四級化9やデオキシコール酸修飾10、ガラクトシル化11、PEIグラフト化12、チオール化13などのさまざまな化学修飾がキトサンに行われており、修飾キトサンや核酸とキトサンとのナノ複合体によって、さまざまな疾患を管理するための新しい遺伝子治療法が確立されています。
キトサンの組織工学での利用
複数の研究から、キトサンとその誘導体が、組織工学用の支持材料として有力な候補であることが示唆されています。キトサンを用いた組織足場には、皮膚14(図2)、骨15,16(図3)、軟骨17、肝臓18,19、神経20、血管21,22などがあります。キトサンの汎用性が高いのは、固有の抗菌性、最小限の異物反応性、創傷治癒活性、および多孔質構造やゲルを形成する特性にあります。さらに、キトサンはin vivoでの高分子に対する高い親和性を持っており、細胞成長(cell ingrowth)や骨伝導に適しています。重要なことに、キトサンのポリカチオン性によって細胞との相互作用が高まるため、組織工学プロセスにおけるキトサンの促進効果が確認されています。
皮膚組織工学におけるキトサンを利用した一例として、真皮代替物に用いられる、キトサンフィルムおよびスポンジの2層構造からなる足場があります。この足場は、溶液キャスト法によって緻密なキトサンフィルムを作製し、続けてこの膜の上に多孔質のキトサンスポンジ層を凍結乾燥によって作製することで得られます。キトサンスポンジ層中に大きな細孔を形成させるには、塩化ナトリウムや、グルコース、スクロースなどのポロゲン(porogen)を用います(図2)14。このキトサンのスポンジ層にヒト真皮の線維芽細胞を移植したところ、大きな細孔の底部に細胞が広がった形で成長、増殖しました。新しく形成された細胞外マトリクスを通して培養された線維芽細胞とスポンジ層とが強く結合することで、生体細胞-マトリクス-キトサン複合体が得られました。細胞培養の間、キトサン2層材料は安定でしたが、一方で、組織工学足場として用いられているコラーゲンスポンジ材料には通常収縮が見られます。そのため、皮膚組織工学で足場として用いられるキトサンが、いくつかのコラーゲン材料の優れた代替物となる可能性が示唆されます14。また、細胞接着の度合が、キトサンの脱アセチル化度に左右されることも見出されています22。
図2スクロース溶出法(sucrose leaching method)を用いて人工皮膚として調製した2層キトサンスポンジ材料のSEM画像。ポロゲンとしてスクロースを4.5%含むキトサン溶液(A)、およびポロゲンとしてスクロースを6%含むキトサン溶液(B)、からそれぞれ作製しました。
キトサンは、組織工学では骨修復材としての利用も検討されています。リン酸化キトサン(P-キトサン)をリン酸カルシウムセメントに混合し、骨欠損部へ埋め込むことが可能です。例えば、P-キトサンセメントをウサギの骨欠損部に埋め込んだところ、全ての創傷が徐々に回復し、ウサギは健康で術後の合併症も認められませんでした。埋め込み後1、4、12、22週間後のX線写真(図3)からは、P-キトサン含有セメントによって欠損した骨が固定され、適正な位置に維持されていることわかります。X線写真の影は徐々に薄くなっており、骨欠損部における新生骨の形成とインプラント材料の生分解が進んでいることが明らかです。全てのサンプルにおいて、リン酸化キトサン含有インプラントを用いた方が対照試料よりも優れた骨修復効果が見られました。
図3あらかじめ硬化させたリン酸化キトサン(P-キトサン)含有リン酸カルシウムセメントを骨欠損部に埋め込んだ後のX線写真。A)1週間後(P-キトサン:0.12 g/mL)、B)4週間後(P-キトサン:0.12g/mL)、C)12週間後(P-キトサン:0.12 g/mL)、D)12週間後(P-キトサン:0.07 g/mL)、E)12週間後(P-キトサン:0.02 g/mL)、F)12週間後(P-キトサン:0 g/mL)、G)22週間後(P-キトサン:0.12 g/mL)。
最近の組織工学では、注入可能なヒドロゲルが非常に注目を集めるようになっています。注入可能なヒドロゲルは、次のような優れた利点を持ちます。
1. 埋め込み手術の代わりに、簡便で低侵襲な(体への負担の少ない)注入方式による治療が可能になる点。
2. 細胞や増殖因子のような生理活性物質を、in situで容易に導入できる点。
3. ゲルは、周囲組織に合わせたあらゆる形状をとることが可能な点。
4. ゲルは、徐放性のみならず刺激応答性の薬物放出にも対応できる点。
5. ゲルによって治療頻度を減らすことができ、患者の負担を軽くできる点。
これまでに、多くの注入可能なキトサンヒドロゲルが組織工学用に開発されています。これらのヒドロゲルは、物理的架橋法24あるいは化学的架橋法(例えばレドックス開始架橋25、光開始架橋26、酵素反応を用いた架橋27など)によって合成されています。また、ゲル化時間やゲル弾性率、ヒドロゲル分解性などの架橋ヒドロゲルのパラメーターは、高分子の分子量や架橋密度によって調整することができます。
キトサンの血液透析膜での応用
血液透析は、末期腎臓病患者を治療するための体外血液浄化法であり、高分子半透膜を用いて、血液から有害な代謝物を必要量だけ取り除く方法です。キトサンは、尿素とクレアチニンに対する良好な透過性と高い引張強度をもつことから、人工腎臓用膜材料として知られています。しかし、純粋なキトサン膜は血清蛋白質を透過せず、適合性も十分であるとはいえません。さまざまな修飾によって、中~大型分子に対するキトサン血液透析膜の親和性、選択性、透析速度が改良されています。例えば、血液透析膜として利用されている2-hydroxyethylmethacrylate(HEMA)ペンダント基をグラフト化したキトサンは、未修飾キトサン膜に比べてグルコース、尿素、アルブミンの透過性が向上しています28。血液透析における血液適合性を改良するために、ヘパリンや硫酸デキストランもキトサン膜の修飾に用いられています29。キトサン-graft-ポリ(酢酸ビニル)(キトサン-g-PVAc)膜は、市販のセルロース膜と比較してクレアチニン、尿素、グルコースの透過性が高く、有用物質であるアルブミンは透過しないことが明らかになっています30。このような優れた特性から、キトサンを基盤とする膜は人工臓器(腎臓や膵臓など)への利用が期待されています。
結論
キトサンおよびキトサン誘導体は、医薬および生物医学用の機能性バイオポリマーとして大きな注目を集めており、薬物および遺伝子送達用ナノキャリアや組織工学用ヒドロゲル、血液透析膜としての応用が期待されています。しかしながら、キトサンおよびその誘導体にはまだ多くの潜在的な応用の可能性が残されており、そのポテンシャルを最大限まで活用するための研究開発が続けられています。
参考文献
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