シリカ被覆金ナノ粒子:表面化学、特性、利点および応用
Kimberly Homan, Ph.D., CTO, Nishi Viswanathan, MBBS, MA., Director
NanoHybrids Inc.
はじめに
ここ数十年で、金ナノ粒子の研究および商業的利用は、生物医学工学1から太陽光発電2に及ぶ様々な分野へ急速に広まっています。多くの用途では、金ナノ粒子の優れた光学特性を利用しており、その特性は金ナノ粒子の形状とサイズを変えることによって細かな調整が可能です。
しかし、被覆されていない金ナノ粒子は溶液中で凝集しやすく、さらにレーザー照射下で溶融することもあり、いずれの場合も光学特性の著しい変化が生じます。金ナノ粒子の表面が化学的修飾によって適切に不活性化されることで、多様な生物学的、物理的および環境的条件下で粒子の凝集や形状変化を防ぎ、金ナノ粒子の光学的性質を維持することが可能です。金ナノ粒子の熱力学的および化学的安定性を向上できる信頼性の高い官能基化の方法の一つがシリカコーティングです1,3,4。シリカコーティングによって得られる優れた安定性と機能性は、後述するように多くの用途で優れた成果をもたらしています。
シリカ被覆金ナノスフェアとナノロッドの例を図1に示します。
図1(a)シリカ被覆金ナノスフェアおよび(b)シリカ被覆金ナノロッドの走査型電子顕微鏡(SEM:scanning electron microscopy)画像
シリカ被覆金ナノ粒子の表面化学および合成法
金ナノ粒子のシリカコーティングは、テトラエチルオルトケイ酸(TEOS:tetraethyl orthosilicate)を使用する古典的なStöber法で行われ、金表面に高度に分岐したメソポーラスシロキサン重合体が形成されます。この反応では、反応時間と試薬濃度を調整することで金表面上のシリカ層の厚さを制御することができます。この表面に形成されたシロキサン重合体(シリカ)には、官能基化をさらに行うためのヒドロキシ(-OH)基が存在します。また、ヘテロ二官能性シランリンカーはシリカと容易に反応し、様々な配位子(ポリエチレングリコール(PEG:poly(ethylene glycol))など)をシリカ表面に結合するための手段を提供します(<96>図2</96>)。
図2シリカ被覆金ナノ粒子の表面化学。ヒドロキシ官能基を持つ未修飾シリカ表面(左側)と、アミン、チオール、マレイミド、およびN-ヒドロキシコハク酸イミドなどの様々な末端基で修飾されたポリエチレングリコール(PEG)被覆ナノ粒子(右側)。
シリカ被覆金ナノ粒子の特性および利点
金のシリカコーティングは、金ナノ粒子を使用する多くの用途で利点を持ちます。特に、パルスレーザーの使用を伴う用途において、シリカコーティングは金ナノロッドの熱力学的安定性を劇的に向上することができます。図3に示すように、PEG、臭化セチルトリメチルアンモニウム(CTAB)、または他の低分子量ポリマーなどの標準的なコーティングを行った金ナノロッドは、パルスレーザーから十分なエネルギーを吸収して溶融します。この溶融による形状変化に対応して、金ナノロッドの光吸収や光散乱の波長が近赤外から可視領域へシフトします5。安定した近赤外光吸収が重要となる用途では、標準的なコーティングを行った金ナノロッドの利用によって信頼性の低い結果が得られる可能性があります。一方で、シリカコーティングを行った場合、金ナノロッドの形状変化が抑えられ、より強い光強度(フルエンス)下でも光学特性を維持することができるようになります(図4)。
図3パルスレーザー照射前(左)および後(右)の金ナノロッドとその光学的特性。シリカコーティングされていない標準的な金ナノロッドは非常に不安定で、レーザー光を吸収すると、溶融して近赤外波長での光吸収や光散乱が損なわれます。
図4波長808 nmの光を様々な強度(フルエンス)で300パルス照射した後のシリカ被覆金ナノロッドの吸収スペクトル。シリカコーティングされた粒子は最大20 mJ/cm2までのフルエンスに対して熱力学的に安定(形状変化が抑えられる)であることがわかります。
熱力学的安定性(溶融の抑制)およびコロイド安定性に加えて、金ナノロッドのシリカコーティングにより他にも重要な特性や利点が得られます。例えば、シリカコーティングにより抗体やその他標的部分を結合できる表面積が増加します。また、シリカは多孔性を有し、物理吸着または共有結合を介して薬物、色素分子、その他イメージング剤を担持することができます。また、高濃度の場合、シリカコーティングによりナノロッド間の距離が制限されて充填されることから、プラズモンカップリング効果を抑制し、濃度に影響されずにナノロッドの光学的特性の維持が可能になります。最後に、金ナノ粒子のシリカコーティングは、光音響イメージングなどにおける画像コントラストを3倍以上に高めます1。
PEG化シリカ被覆金ナノ粒子(図2右)は、シリカコーティングの利点がすべて得られると同時に、コロイド安定性の向上や免疫原性の低下などのPEG被覆ナノ粒子の特性も有しています。
シリカ被覆金ナノ粒子の応用
1.光音響イメージング
光音響(photoacoustic, optoacoustic)イメージングの造影剤として用いられる場合、金ナノロッドはパルスレーザーから光を吸収し、かなりの熱を発生します。この熱は光音響効果に必要なものですが、ナノロッドの溶融を引き起こすレベルに達することもあります(図2)。この形状変化により吸収断面積が減少するため、光音響イメージングのコントラスト損失に繋がります。シリカコーティングは、金と周囲の溶媒間の界面熱抵抗の低下を促し(図5)、粒子がより多くの熱を周囲に放出できるようになることで、以下に示す2つのプラス効果が得られます。まず、(1)高フルエンスでの金ナノ粒子の溶融が抑えられる(図3)、(2)シリカ被覆金ナノ粒子から生成される光音響信号は、PEG、CTAB、または他の低分子量ポリマーなどの標準的コーティングが施された金ナノ粒子よりも少なくとも3倍強くなります1。
熱力学的に安定なシリカ被覆金ナノロッドとナノスフェアは、熱力学的安定性、光学特性、および生体適合性に優れ、さらに生体共役反応(bioconjugation)に利用できる可能性も高いことから、光音響造影剤や治療薬として広く使用されています1。
図5提案されているナノ粒子から周囲への熱輸送プロセスの概要、ならびに表面近傍の温度(T)およびナノ粒子表面から離れた位置における光音響信号(P)の振幅の時間的プロファイル。(a)高い界面抵抗を有する被覆されていないナノ粒子は、温度プロファイルがブロードで、光音響圧力信号は小さい振幅を示します。(b)シリカシェルの導入により、金(Au)とSiO2の間およびSiO2と水の間のそれぞれの界面抵抗が最小限に抑制されます。より鋭いピーク形状の温度プロファイルが得られ、温度プロファイルが離れた距離でも保たれることから、光音響信号が増加します。(c)厚いシェルは温度ピークを広げるとともに、被覆されていないナノ粒子よりは強い可能性があるものの光音響信号の減少をもたらします。(出典:Nano Letters 2011, 11 (2), pp 348-354より許可を得て転載。Copyright 2011 American Chemical Society)
2.細胞トラッキング
光音響イメージングは非侵襲的かつ定量的であり、走査時間が短いため、免疫細胞トラッキング8、超音波画像診断と併用した幹細胞移植トラッキング10において理想的なツールとなります(図6)。光音響イメージングの造影剤としてシリカ被覆金ナノロッドを使用することで、移植細胞をリアルタイムで定量し、十分な数の細胞が治療部位に到達したことを確認できます。また、シリカコーティングにより、金ナノロッドの細胞への取り込みも促進されます8。
図6(左)シリカコーティングの厚さが20 nmで、676 nmに吸収ピークがあるSiO2-AuNR(シリカ被覆金ナノロッド)のTEM画像。(中央)生きたマウスの筋組織に注射後、SiO2-AuNRが間葉系幹細胞に存在していることが確認できるTEM画像。(右)SiO2-AuNRで標識した間葉系幹細胞を無胸腺マウスの後肢筋肉内に注射した際の、高コントラスト光音響イメージ。(出典:ACS Nano2012 6 (7), pp 5920-5930より許可を得て転載。Copyright 2012 American Chemical Society)
シリカ被覆金ナノロッドは小さく、赤色から近赤外域において調節可能な共鳴を有し、非常に大きな吸収断面積を持っていることから、光温熱治療にも広く用いられています。シリカコーティングは、金ナノロッドの光温熱安定性を向上させるため、高フルエンスでの連続およびパルスレーザー照射下で優れた光学特性の保持に役立ちます1,3,6。また、シリカ被覆金ナノロッドは、PEG被覆金ナノロッドと比較して細胞取り込みが著しく増加することも示されており、結果として光温熱アブレーション効果が向上します10。さらに、シリカ被覆ナノロッドを光音響イメージングと併用して、光温熱治療中に複数の発熱マップを同時に生成し、投与量および治療有効性の指針とすることができます7。
3.標的薬物送達
シリカ被覆金ナノ粒子は生体適合性を有し、化学的に修飾することでがん組織を特異的に標的とすることができます。メソポーラスシリカ被覆金ナノ粒子は、高表面積でサイズ調整が可能なこと、利用できる細孔容積が大きく、高い薬物充填容量を有し、表面特性が明確で化学修飾が可能なことから、ドキソルビシン、DNA、およびタンパク質などの抗がん剤用ナノキャリアとして用いられています(図4)。薬物担持シリカ被覆金ナノロッドを用いて化学療法と光温熱療法を併用した場合、それぞれの治療を単独で行った結果と比較して抗がん効果が高まることが示されています11。
4.多重イメージング
標的化シリカ被覆金ナノロッドは、異なる細胞受容体を発現する細胞をナノ粒子の標的とすることで、in vitroで細胞含有物を識別するための多重イメージング用造影剤として用いられます12(図7)。異なるピーク波長を有する複数のシリカ被覆金ナノロッドを個々の細胞種の標識として使用することで、特定の細胞種の位置を同定し、分子発現に対応する画像を作成することができます。
図7ファントム細胞から取得した光音響(PA)イメージの信号処理および統計分析による細胞含有物の一意的な識別の例。(a)含有物は超音波イメージで観測可能。(b)830 nmで得られたPAイメージ。どの含有物がシリカ被覆金ナノロッド(SiO2-AuNR)を含むかを示します。(c)PA信号強度(点)とUV-Visスペクトル(実線)の比較により、SiO2-AuNR光吸収スペクトルがPA信号強度を決定することがわかります。含有物を3つの領域に分割し、PA信号強度を平均化しました。(d)細胞のmolecular mapにUS(超音波)イメージを重ねた図。赤色で830 nmのシリカ被覆金ナノロッドを、黄色で780 nmのSiO2-AuNRを示しました。(出典:Biomed Opt Express. Jul 1, 2011, 2 (7) pp 1828-1835より許可を得て転載。Copyright 2011 Optical Society of America)
5.デュアルモード/マルチモーダルイメージング
光学的イメージング技術は感度が非常に高く、優れた解像度で患部組織を可視化することが可能ですが、その限界は組織内を透過する光量が少ない点にあります。相補的な画像診断技術を併用することで、感度と特異性の最適化に役立つ場合があります。例えば、CTコントラストと近赤外光学イメージングを同時に向上させる造影剤を用いることで、様々なレベルでの造影剤蓄積に関する定量的情報を得ることができます。デュアルモードX線CTおよびNIR蛍光イメージング用の画像化プローブとして、インドシアニングリーン(ICG)などの有機近赤外色素を含むメソポーラスシリカ被覆金ナノロッドを用いることができます<330>13</330>。
図8(a)インドシアニングリーンを含むシリカ被覆金ナノロッド(200 μL、1.5 mg/mL)の注射前と腫瘍内注射12時間後のマウスのin vivo平面X線イメージ(露光時間30秒)。(b)デュアルモードイメージング造影剤の腫瘍内注射12時間後の60秒露光時間(左側)を用いたin vivo平面X線イメージに、対応する近赤外線蛍光イメージ(露光時間10秒)を重ねた画像(右側)。挿入図:明視野画像と近赤外蛍光イメージを重ねた画像。緑色の矢印は腫瘍を示します。金ナノロッドとインドシアニングリーン発色団の間のシリカ薄層が色素を蛍光消光から保護します。(出典:Optics Express, 2011, Vol. 19, Issue 18, pp. 17030-17039より許可を得て転載。)
6.表面増強ラマン分光法(SERS)
色素を組み込んだシリカ被覆金ナノ粒子は表面ラマン散乱を非常に効率良く増強するため、多重検出および分光学用の分光学的タグとして用いられます<363>14</363>。ナノ粒子は、光学信号増強用金属コア、分光学的特徴を決めるレポーター分子、保護および結合用カプセル化シリカシェルからなります。
図9SERS(surface-enhanced raman scattering、表面増強ラマン散乱)活性を有するシリカ被覆金コロイドのコアシェルナノ粒子構造と調製手順の模式図。(a)55~65 nmのサイズ範囲にあり、632~647 nm励起での表面ラマン増強に最適化されたコロイド状金粒子。(b)ラマンレポーター分子が吸着した金粒子。(c)レポーターとmercaptopropyltrimethoxysilane(一般的なカップリング剤)を有する金粒子。(d)コア-シェル境界付近に埋め込まれたラマン分光レポーターを有するシリカコーティング粒子。(出典:Anal. Chem., 2003, 75 (22), pp 6171-6176より許可を得て転載。Copyright 2003 American Chemical Society)
また、シリカ被覆金ナノロッドは、がん細胞を標的にするデュアルモード画像化プローブとしても用いられています。蛍光および表面増強ラマン散乱信号は、それぞれ異なるナノ粒子励起波長を用いて可視化されます<390>17</390>。
7.二光子イメージング
PdTPP(Pd-meso-tetra(4-carboxyphenyl)porphyrin)などの光増感剤を含んだメソポーラスシリカ被覆金ナノロッドは、二光子活性化光線力学療法に用いられます(<402>図10</402>)<405>16</405>。メソポーラスシリカシェルのナノチャネルにドープされた光増感剤は、シリカ被覆された二光子励起金ナノロッドからの粒子内プラズモン共鳴エネルギー移動を介して励起可能であり、細胞毒性を持つ一重項酸素を生成し、がん細胞を殺傷することができます。シリカマトリックスが熱変形に対する機械的な支持体となることで、金ナノロッドコアの二光子発光安定性を著しく改善することができます。
図10メソポーラスシリカ被覆金ナノロッド‐PdTPPの腫瘍内注射後の二光子活性化光線力学療法に関するin vivo研究。照射後24時間で回収した腫瘍切片の組織学的分析は、ヘマトキシリン‐エオジン(第1列、scale car: 100 µm)、TUNEL(第2列、緑色に着色)、活性化型カスパーゼ-3の免疫細胞化学(第3列、赤色に着色)、およびDAPI(青色に着色)染色により行いました(Scale bar: 25 µm)。アポトーシス指標であるTUNELおよびカスパーゼ-3染色により、メソポーラスシリカ被覆金ナノロッド‐PdTPPとレーザー照射を併用した際に腫瘍増殖の阻害(最初の腫瘍サイズの1.2倍、図6l、Scale bar: 5 mm)が観察されました(出典:Theranostics. 2014, 4 (8) pp 798-807より許可を得て転載。)
8.生体分子プローブ
中赤外領域でのシリカの放射率が高いことから、シリカ被覆金ナノ粒子をDNAハイブリダイゼーション分析の標識として用いると、クエン酸被覆または標準の金ナノ粒子と比較して低い濃度の標的DNAでも検出できます。蛍光を利用するDNAハイブリダイゼーション分析およびタンパク質結合分析は、分解、消光、または退色しない堅牢な標識としてシリカ被覆金ナノ粒子を用いることで改善可能です17 。また、このナノ粒子プラットフォームを用いて、非常に低濃度のタンパク質、細菌、農薬、および小さい分子(例えば水銀)を検出することもできます。
9.触媒
金ナノ粒子が触媒として有効であるためには、周囲媒体や高熱に対して非常に安定である必要があり、触媒活性を保ちながら再利用可能でなければなりません。通常、金ナノロッドは、臭化セチルトリメチルアンモニウム(CTAB:cetyltrimethylammonium bromide)界面活性剤で被覆されます。有機溶液中では、CTABが媒体中に脱離することで金ナノロッドの凝集が起きるとともに金ナノロッドの触媒特性が失われます。さらに、CTAB被覆金ナノロッドは熱力学的に不安定であり、これにより球状粒子への変形が誘導されることもあります。シリカシェルは熱、溶媒交換、および遠心などの厳しい条件下で高い安定性を示すので、メソポーラスシリカ被覆金ナノロッドは非常に有効な触媒となります18。メソポーラスシリカシェルは大きい細孔容積を有するので、反応分子は細孔を通って拡散し、金表面上で触媒作用を受けます。
10.フォトニクス
プラズモン金ナノ粒子は、単一分子の検出、フォトニック結晶の構築、および光学素子(例:導波路)の設計などの多数のフォトニクス用途で用いられています。しかし、被覆していない金ナノ粒子の金属部分が近傍粒子同士で物理的に接触するため、フォトニックバンドギャップの形成が妨げられます。光学的に透明、化学的に不活性、および光化学的に安定な材料(例:シリカ)で金ナノ粒子を被覆することで、プラズモンナノ粒子が周期構造をとった場合に完全なフォトニックバンドギャップの形成が可能になります19。さらに、シリカコーティングは蛍光団が金属表面に直接結合した場合に起こる消光機構を阻害することによって、プラズモン蛍光増強を促進します。このように、シリカ被覆金ナノ粒子は標準的な金ナノ粒子に対して多数の利点を提供します。
要約すると、金ナノ粒子のシリカコーティングにより、以下に示す有益な特性が得られます。
- パルスレーザーの使用を伴う光音響イメージングや他の画像診断法におけるイメージング信号強度の向上
- 優れた熱的およびコロイド安定性
- マルチモーダルイメージングを含む広範囲な用途で使用できる安定した光学的特性
- 薬物担体と造影剤のハイブリッド材料としての使用を容易にするセラノスティクス(治療的診断)特性
- 共有結合的官能基化や結合に利用可能なシランの化学的性質
他に例を見ないこれらの利点によって、シリカ被覆金ナノ粒子はここでご紹介したような様々な用途に最適です。
参考文献
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