腫瘍標的化のためのナノ粒子を使用した薬物および遺伝子送達
Takeshi Mori, Akihiro Kishimura, Yoshiki Katayama*
Department of Chemistry and Biochemistry, Faculty of Engineering, Kyushu University, Japan
Material Matters 2019, Vol.14 No.3
がんは、全世界で最も高い死因となる疾患です。早期に発見された場合は、外科的切除が非常に有効な治療となり得ます。ただし、転移性がんや切除が困難な部位の腫瘍に対しては、化学療法が依然として最も期待されるオプションです。しかし、化学療法の腫瘍に対する奏効率は10~20%にとどまる場合もあり、特に薬剤のがん部への送達効率が低いという限界があります1。また、標的化治療の場合でも、他の部位への薬物送達による重度の副作用があります。そのため、治療効果を改善するためには、より正確に腫瘍を標的化して薬物または遺伝子を送達する方法が必要です。
1986年にMaedaらは、腫瘍の新生血管からの巨大分子の漏出の増加、すなわち血清アルブミンまたはその他の分子の血管外漏出が増加することを発見しました2。内皮形成が不完全でリンパ管の発達が不十分なため、40 kDaを超える高分子が血管から漏出して選択的に腫瘍部位に蓄積します。EPR効果(血管透過性と蓄積性の増加)として知られるこの現象は、腫瘍特異的薬物送達システムを作るための一般性のある原理として認識され3、この効果を利用する腫瘍標的化薬物送達システムとしての様々なナノ粒子が研究されています。ナノサイズの抗がん剤は、腎臓による排出を、通常の血管内皮のタイトジャンクションへの浸透を避けるためには十分に大きく、漏出しやすい腫瘍の脈管構造からの血管外漏出および選択的な腫瘍組織への蓄積を起こすためには十分に小さいため、EPRに基づく選択的抗がん剤治療に最適です4。本論文では、これらのシステムおよび方法の最近の進展について説明します。
EPR効果の増強
EPR効果の利用は腫瘍部位を標的とするために最も有効な方法の1つであり、マウスモデルシステムでは腫瘍部位にナノ粒子が効果的に蓄積することが広く観察されています。しかし、ヒトの臨床研究では、ナノ粒子送達システムによってEPR効果の有効な利用が実証されたのは1%にとどまっています5。実際に、多くの腫瘍ではリンパ系の発達が不十分で間質液の圧力が上昇するため、血管外漏出が抑制されます。その結果、ナノ粒子システムを使用したEPR効果による腫瘍部位への選択的な薬物送達が妨害されます。この問題を解消するためには、EPR効果を増強して腫瘍部位での治療薬の選択的な蓄積を可能にする他の戦略が必要となります。
上述したように、薬剤送達において血管外漏出を効果的に促進するには、腫瘍部位での間質液の高圧力を克服する必要があります。正常な組織では、通常、この圧力は3~10 mm Hgですが、腫瘍組織では40~60 mm Hgに上昇する場合があります6。Salnikovらは、液圧を制御するためにプロスタグランジンE1を使用して、腫瘍部位での5-FUの蓄積が40%増加したことを報告しました(図1A)7。あるいは、収縮期血圧を上昇させることで、Maedaらは、アンジオテンシンで高血圧を誘発する化学療法により、腫瘍でのナノ粒子の蓄積が増加することを報告しています(図1B)8。ただし、腫瘍の脈管構造で選択的に血流を制御することは困難であり、これらの方法は心血管イベントなどの全身性の副作用を誘発する可能性があります9。血管拡張薬の制御された放出を提供するナノ粒子は、期待される解決策の1つです。例えば、リポソームに封入された自発的一酸化窒素(NO:nitric oxide)放出薬(NOC-18)が、EPR効果を増強することが報告されています10。リポソームがEPR効果によって腫瘍部位に吸収された後、NOC-18が徐々にNOを放出し、NOが血管拡張を誘発することにより、がんの新生血管が選択的に拡張されます。これにより、腫瘍部位で選択的に薬物の蓄積が増加します(図1C)。同様に、局所的な血管拡張を実現するためにS-ニトロソチオールが組み込まれた血清アルブミンを高分子血管拡張薬として使用し11、腫瘍部位で2~5倍の粒子の蓄積が得られています。
図1EPR効果の増強方法。A)PEG1の投与は血管透過性の増幅を引き起こします。B)アンジオテンシンの投与は全身性高血圧を引き起こしますが、がんの新生血管はアンジオテンシンに対する応答性が低くなります。C)NO放出担体は、がんの新生血管に特異的な血管拡張を引き起こします。
ナノ粒子を使用した送達のための刺激応答性システム
EPR増強システムは、治療薬または遺伝子の薬理学的分布を改善すると同時に必要な有効量を減少させますが、肝臓またはその他の器官にも比較的高濃度で蓄積する場合があります。この問題に対処するため、標的の腫瘍部位で選択的に発生する刺激に応答する薬物放出システムが研究されています。このようなシステムの目標は、腫瘍部位とその他の正常な器官および組織の間の薬物の濃度比を高くすることです。
腫瘍部位での薬物放出の特異性を改善するため、複数の異なる刺激応答性キャリヤーが開発されています。固形腫瘍は正常組織と大きく異なる特徴的な微小環境を形成するため、このようなシステムの多くは担持している薬物の放出の引き金として腫瘍微小環境因子を利用します。例えば、腫瘍組織は高濃度の乳酸を生成し、腫瘍微小環境のpHを正常な平均pH値の7.52から5.85~7.68まで低下させます12。腫瘍細胞の活発な増殖は低酸素を引き起こす傾向があり、これに対抗するために特殊な転写因子(HIF-1)が発現されます。また、腫瘍細胞はその高い代謝活性によって生成する活性酸素種を消去するため、正常な細胞よりも遥かに高レベルのグルタチオン(GSH:glutathione、2~10 mM)を含有しています13。また、腫瘍微小環境は、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP:matrix metalloprotease)、β-グルクロニダーゼ、ヒアルロニダーゼおよびウロキナーゼ型プラスミノーゲン活性化因子などの多様な酵素や、一部のキナーゼおよび転写因子の異常な活性化を誘発します1。これらのタンパク質は、腫瘍の進行、転移および侵襲に不可欠です。腫瘍選択的システムでは、薬物放出の刺激としてこれらの因子のどれかを利用しています。そのような刺激応答性システムのいくつかの例について、以下に説明します。
pH応答性システム
腫瘍部位でのpHの低下は、腫瘍特異的薬物送達システム(DDS:drug delivery system)の刺激として最も多く利用されています。腫瘍組織の酸性のpHに加えて、エンドソームのpH(pH 5.5~6)も担体からの薬物放出を加速するために利用できます。ナノ粒子はエンドサイトーシスによって腫瘍細胞に取り込まれるため、エンドソームでのpHの急激な低下も、細胞質への薬物放出の引き金として利用可能であり、細胞質での薬物濃度を急激に上昇させることができます。これにより、pH応答性キャリヤーは腫瘍細胞の付近および内部で薬物濃度を急激に上昇させることが可能です。
pH応答性キャリヤーの設計には、主に2つの方法が取られます。1つは、キャリヤー分子内にpH応答性開裂リンカーを組み込む方法です。イミン、環状オルトエステル、およびアセタール結合はすべて、弱酸性のpHで加水分解を受け開裂します(図2A)15。これらの開裂性リンカーをポリマー系ナノキャリヤーの中に組み込み、腫瘍の低pH環境で分解して治療薬を放出させることが可能です。例えば、PEG-オキシムを組み込んだポリカプロラクトン-PEGからなるトリブロックコポリマーは、水溶液中でコア・シェル型のポリマーミセル16を形成します。ナノ粒子の疎水性コアは腫瘍組織の低pHで急速に分解し、封入された薬物が放出されます。他にも、低pHでプロトン化可能な弱塩基を使用する方法があります。Chenらは、ドキソルビシン(DOX:doxorubicin)を含有するメソポーラスシリカナノ粒子を、葉酸-PEG修飾ポリドーパミンで被覆しました17。被覆ポリマーが酸性pHでプロトン化されると被覆層が不安定になり、DOXの放出が誘発されます。別の例として、メトキシ-PEG-b-ポリε-カプロラクトン-b-ポリグルタミン酸のトリブロックコポリマーがあり、水溶液中でベシクル(ポリマーソーム)を形成します。エンドソームのpHでポリグルタミン酸鎖がプロトン化されると、構造が分解します18。遺伝子送達の場合、内包遺伝子のエンドソームからの放出を加速するためにpH緩衝効果が広く利用されています(図2B)。エンドソーム内部で遺伝子送達担体がプロトン化されると、対イオンおよび水が流入して浸透圧が上昇し、最終的にエンドソームが破損して内容物が放出されます。これは、プロトンスポンジ効果として知られています19。ポリエチレンイミン(PEI:polyethyleneimine)誘導体は、このような遺伝子担体として最も多用されている例です20。
また、pHに依存したペプチド構造の変化も、pH応答性システムの作製に利用することができます。バクテリオロドプシンCヘリックス誘導ペプチドは、弱酸性条件で細胞を貫通するαヘリックス構造をとるため、腫瘍組織でのナノ粒子の細胞への取り込みが増加します21。
図2pH応答性担体。A)ポリマーミセルに挿入された酸応答性結合。B)弱塩基単位を使用した薬物担体のプロトンスポンジ効果。
酸化還元応答性システム
腫瘍部位の高濃度のグルタチオン(GSH)は、酸化還元応答性薬物送達システムで利用される一般的な信号の1つです(図3B)。ジスルフィド結合を含むポリマー系キャリヤーが、薬物および遺伝子の送達のために開発されています。例えば、PEG-b-poly-L-リジン-SS-ポリカプロラクトンは、ポリマーベシクルを形成して内側の水相にDOX、疎水性のシェルにベラパミルを封入するように設計されて使用されています23。ベシクル内部のジスルフィド結合は、還元環境で可逆的に開裂し、封入されている薬物を放出させることが可能です。同様に、ポリ-Z-L-リジン-SS-PEG-SS-ポリ-Z-L-リジンのトリブロックコポリマーから形成されたポリマーソームが、腫瘍細胞で選択的にDOXを放出する一方で、正常な細胞では放出が抑制されることが示されています24。このGSHを用いる酸化還元応答性を利用した方法は、遺伝子送達システムでも利用されています。PEI-b-シクロデキストリン、アダマンチル-SS-PEG、およびアダマンチル-PEG-SP94(抗CD7抗体)から構成されるナノ粒子が、miR34(microRNA、マイクロRNA)をLM3HCCがん細胞へ選択的に送達し、がん細胞の増殖を抑制することが示されています25。
図3酸化還元応答性担体。A)ニトロ-イミダゾールは腫瘍組織の低酸素条件下でアミノ-イミダゾールに還元されます。B)ジスルフィド結合はグルタチオンによる還元で開裂します。
酵素応答性システム
多くの腫瘍組織は高いMMP-2/9活性を持っており26、これは酵素応答性の薬物送達システムの刺激として利用することができます。モノステアリン酸グリセロール、カプリン酸トリグリセリド、およびホスファチジルコリンからなる固体脂質ナノ粒子をゼラチン層で被覆した薬物送達システムが開発されています27。腫瘍部位では、高レベルのMMPが効率よくゼラチンを分解して、封入されている薬物の放出を誘発するため(図4A)、正常な組織に対して腫瘍部位へ優先的に薬物を送達します。また、MMP開裂性リンカーもコア・シェル型のポリマーミセルで使用されています(図4B)。具体的には、PEGまたはアビジンのような疎水性シェルが、MMP基質ペプチドリンカーを介してコアと結合しており、このリンカーは腫瘍部位の高濃度のMMPで切断されます。腫瘍部位での高いMMP活性によって疎水性シェルが開裂して薬物ナノ担体が崩壊することで、腫瘍組織で局所的な薬物放出が起こります28,29。別の場合では、PEG2000-MMP2基質-PEI1800-ジオレイルホスファチジルエタノールアミンに、パクリタキセルとsiRNAの両方を共封入したシステムも報告されています。MMP2によるPEGの開裂で、がん部位におけるsiRNAの放出が加速したことが示されました(図4C)28。また、細胞への取り込みを改善するため、PEG-MMP基質細胞貫通型ペプチド(CPP:cell penetrating peptide)-リン脂質をリポソーム膜に挿入する方法論も検討されています30。腫瘍組織でPEG部分はMMPによって開裂可能であり、新しく暴露されたCPPは粒子の細胞への取り込みを加速します(図4D)。同じコンセプトを利用して、別のグループが送達キャリヤーとしてMMP基質を使用して、カチオン性CPPと結合するオリゴアニオン性ペプチドを設計しました。このキャリヤーでは、CPPとアニオン性配列の静電相互作用により細胞貫通活性が遮蔽されますが、腫瘍部位ではMMPによる開裂反応によってアニオン性配列が除去されると、細胞への取り込みが改善されます(図4E)31。
さらに、細胞内の酵素活性も、がん細胞に特異的な内包薬剤の放出に役立ちます。腫瘍の成長、生存および血管新生には多様なプロテインキナーゼが必須の役割を果たしています32。これらのプロテインキナーゼの異常活性化は当然ながら正常な細胞には存在しないため、薬物放出の刺激として使用できます。例えば、プロテインキナーゼの信号を使用するがん標的化遺伝子送達システムが設計されています(図4F)33。具体的には、プロテインキナーゼに特異的なカチオン性ペプチド基質を設計してポリマーの側鎖に使用(グラフト)されました。このカチオン性ペプチドグラフト化ポリマーは、静電相互作用により遺伝子材料とナノサイズのポリプレックスを形成します。腫瘍部位では、異常に活性化したプロテインキナーゼによってポリマー側鎖がリン酸化されます。リン酸基によって導入された負の電荷がキャリヤーとDNAの間の相互作用を弱めることで、担持されていた遺伝子が放出されます。さらに、送達キャリヤーのキナーゼの特異性は、ペンダント基のペプチド配列を変更することで容易に調節できます。異なる腫瘍部位を標的化する用途のために、プロテインキナーゼA、Src、I-k-キナーゼ、Akt、プロテインキナーゼCα(PKCα)などの異なるプロテインキナーゼに応答する多様な遺伝子送達システムが開発されています34,35。
図4酵素応答性担体。A)ゼラチン被覆固体脂質ナノ粒子。B)ポリマーミセルにおけるMMPによるPEGの除去。C)脂質被覆ナノ粒子におけるMMPによるPEGの除去およびCCPの暴露。D)リポソームにおけるMMPによるPEGの除去。E)リポソームにおけるMMPによるPEGの除去およびCCPの暴露。F)プロテインキナーゼ応答性の遺伝子放出。
物理的刺激応答性システム
物理的な刺激も、刺激応答性薬物送達システムに利用することができます。Yangらは、光応答性リポソームについて報告しています。彼らは、CPPペプチドおよびホスファチジルエタノールアミンと光開裂性リンカーを使用した薬物送達分子を開発しました。血液循環および正常な組織では、CPPはそのアニオン性配列によって遮蔽されています。腫瘍部位で光を照射すると、2-ニトロ-4,5-ジメトキシベンジル基が開裂し、別の分子内反応を引き起こしてアニオン性ペプチド部分が除去されます。これにより治療薬が放出されることで、局所的な薬物放出が達成されました(図5)36。光は空間的および時間的に制御可能な刺激ですが、この開裂反応に必要な近紫外光(通常は360 nm未満)は組織に浸透することができません37。より深部の組織に適用するには、近赤外領域(650~900 nm)で光開裂可能な反応が必要です38。
図5光応答性担体。リポソームのオリゴアニオンペプチドが光照射により開裂し、CCPが暴露します。
複数刺激応答性システム
精密な腫瘍標的化のため、さらに洗練された複数刺激応答性薬物送達システムも開発されています。Anらは、pH応答性と酸化還元応答性の二重応答性を持つ薬物送達システムを提案しています(図6A)39。彼らはナノ材料薬物送達担体として、新奇なポリエチレングリコール-block-ポリ(ジスルフィドヒスタミン)のコポリマーを設計しました。このナノ担体がEPR効果によって腫瘍組織に到達すると、弱酸性pHでイミダゾール部分がプロトン化され、エンドサイトーシスの細胞への取り込みの効率が改善されます。高濃度のGSHがポリマーのジスルフィド結合を還元してナノ粒子構造を崩壊させます。その結果、腫瘍細胞の核の付近で薬物濃度が急激に上昇します。
図6複数刺激応答性担体。A)pHおよび酸化還元応答性担体。B)pHおよびプロテインキナーゼ応答性担体。
また、前述したキナーゼ応答型キャリヤーにおいて、ポリマー骨格を天然ポリマーからPEIに変換するだけで、pH応答性およびキナーゼ応答性の二重応答性システムが設計されています(図6B)40。プロトンスポンジ効果が追加されることで、DNAとのポリプレックスのエンドソームからの脱出効率が改善します。その結果、対照のペプチドを使用した非PKCα応答性システムにおける発現レベルと比較して、PKCαの送達が10~500倍増加します。
結論
ナノ粒子を使用する薬物および遺伝子の送達システムは、治療薬または診断薬の送達を標的化するための大きな可能性を持っています。ただし、不十分な方法論、不安定性、生体適合性、分解性、調合の複雑さ、および標準化の不足のため、臨床用途ではまだ問題が残されています。また、ナノ粒子システムは予期されない毒性や無効性を示すときがあります。実際に、一部のシステムは、マウスモデルでは普通の治療法に対して優れていたにもかかわらず、予期されていなかった不安定性や腫瘍特異的な標的化の不足のために臨床試験で不合格になっています。ヒト腫瘍の標的化の進歩を継続するためには、薬物担体のための新材料とともに新しい評価方法および戦略を開発することが非常に重要なステップになります。
参考文献
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