はじめに
熱ゲル化反応は、熱によって誘発される溶液-ゲル間の可逆的な相転移現象です。両親媒性ブロック共重合体は、熱ゲル化挙動を示すポリマーの一つです。 両親媒性ブロック共重合体の熱ゲル化特性は、ブロックセグメントの分子量や、ブロックの化学組成、溶液中のポリマー濃度、末端官能基などによって制御されます1。そのため、生物医学分野で用いる場合には、共重合体の温度応答性を調整し、生理的温度におけるin situでのゲル化を誘発することで、薬物放出を制御することが可能です。これらの材料は、生物医学分野における薬物送達2-5、組織工学5、創傷治癒6などの用途に向けた温度応答性生分解性システムとして探究されてきました。徐放性を制御した薬物送達では、溶液中でポリマーは治療薬と結合し、標的組織に注入されます。ポリ(乳酸-co-グリコール酸)およびポリエチレングリコールからなる両親媒性ブロック共重合体は、生分解性セグメントを有する熱ゲル化材料です。生分解性送達システムにおいて熱ゲル化材料を用いる利点は、大きく2つあります。第一に、最初に液体として導入した後に、熱ゲル化によって一定期間の送達が可能となる点です。第二に、徐放後不要となった材料は、乳酸、グリコール酸、そして水溶性のポリ(エチレングリコール)ブロックに生分解され、分子量が20 KDaよりも小さい化合物は肝臓によって体外へと安全に排出される点です7。ここでは、放出制御型送達システムへの利用のためにデザインされたポリ(乳酸-co-グリコール酸)-block-ポリ(エチレングリコール)-block-ポリ(乳酸-co-グリコール酸)(PLGA-block-PEG-block-PLGA)共重合体の熱ゲル化特性について述べます。
材料の選択
共重合体の分解速度は、分解性ブロックセグメントの分子量や、グリコリドに対するラクチドの比率を変えることで調整できます。ここでは、PLGA-block-PEG-block-PLGAからなる比較的分子量の低いトリブロック共重合体について検討しました。ラクチド含有量の高い共重合体(764817)は、ラクチドのメチル基が加わることにより分解速度が低くなり、LA:GAモル比が1:1の共重合体(764787)と比べて、加水分解耐性が高くなります。
各ポリマーの特性 |
---|
治療薬の導入方法
ポリマーの取扱い
これらの共重合体はTgが低いため、「ドライな」そのままの状態では非常に高い粘着性(粘り気のある状態)を示します(図1)。そのため、異なる容器に移すには元の容器で溶解させてから(例えば、ポリマー約1gに対して生理食塩水5 mlを添加すると20%溶液が得られます)、濃度既知の溶液として取り扱う方が良いでしょう。また、一定量を取り分けるには、ゲルを約37℃まで短時間で穏やかに加温し、別の容器へ注げる程度まで軟化させる方法をお勧めします。図2には、溶液からゲルへの熱ゲル化転移温度、およびその前後の温度における共重合体の外観を示しました。
図1半粘性ゲル状態のPLGA-PEG-PLGA共重合体
図2熱ゲル化材料の外観。A) 室温または25℃未満、B) 25~30℃まで加温した状態、<25 °C; B) upon warming to 25-30 °C; C) >30℃以上で溶液から相分離し、ゲル化した状態
溶解
熱ゲル化ポリマーは、ゲル相転移温度よりも低い温度で最もよく溶解します。つまり、これら共重合体については、(直感に反して)4~10℃の冷水(または生理食塩水)を用いる方が容易に溶解させることができます。溶解の際に加熱はしないでください。また、溶解には時間がかかるため、少なくとも一晩、可能ならば使用する数日前から溶解させるのが理想的です。水または生理食塩水のいずれか、もしくは他成分との混合溶媒中に溶解させることができます。通常の撹拌もしくはボルテックスミキサーを用いた撹拌で、溶解速度を速めることが可能ですが、超音波処理では溶液が局所的に加熱されるため、その効果は限定的なものになります。得られたポリマー溶液は、4℃で2~3週間安定です。
治療薬の導入
疎水性治療薬の導入には、水/油/水(W/O/W)ダブルエマルジョン法が用いられます。熱ゲル化ポリマーのミセル構造によって、疎水性薬物の溶解性が向上します。あるいは、溶液温度の上昇によってPEGの水素結合効果が減少して溶解度が低下することから、治療薬をポリマー水溶液に直接添加したのち、PLGA疎水性セグメントに治療薬を物理的にトラップ(物理的架橋)させることができます。
試験
ゲル化試験
各種ポリマー溶液のゲル化特性の評価には昇温レオメトリー試験を用い、ゾル-ゲル曲線を求めました。TA instruments社製レオメータAR550を用い、上部コーンプレート(60 mm、2°)と温度調整可能な下段ペルチェプレート(ヒートシンク付き再循環器により20℃に維持された冷却液が供給されています)を使用して試験を行いました。試験開始時の下段プレートの温度は5℃とし、この下段プレート中央にサンプル溶液約2 mLを置き、プレート間が62 μmになるように上部プレートを設置しました。毛管力を利用してサンプルをプレート間の隙間に移動させ、目視によって適切に設定されたことを確認しました。実験条件を、表1に示します。
図3はゾル-ゲル曲線の一例を示していますが、試験開始時の低温において溶液はレオロジー特性をほとんど示しません。しかし、ゲル化温度(このグラフでは約23℃)までは、昇温に伴ってG'(赤線)およびG"(青線)の上昇が見られ、一方ではtanδ(G"/G'、黒線)が低下し、ゲル化の開始が示唆されます(図3)。さらに加熱することで水溶液から材料が相分離し、レオロジー曲線が初期状態に戻り、G'およびG"の値が低下します。
図3トリブロックPLGA-PEG-PLGA(764787)の10% w/v水溶液(薬剤不含)の熱ゲル化曲線の例
In Vitroでの送達試験
これまでに、熱ゲル化特性を示す両親媒性ブロック共重合体を使用したin vitro試験がいくつか行われています。たとえば、ある例では、既知の量のゲル化溶液と治療薬とをバイアル中で混合し、次に、短時間(5~10分間)で37℃まで温め、治療薬を含有したゲルを形成させます。ゲル化後、溶出溶媒を所定量添加して薬物送達試験を開始し、サンプルを37℃で保温します。1~6週間の試験期間中、所定の時点で溶出溶媒中の薬物含有量を測定し、その都度溶媒を交換します。
まとめ
ポリ(エチレングリコール)およびポリ(ラクチド-co-グリコリド)を含有するブロック共重合体を、全体の分子量を小さく抑え、親水性/疎水性ブロックのバランスが適切になるように設計することで、生理的温度で熱ゲル化反応を示す水溶液を調製可能な生分解性ポリマー材料を合成することができます。この熱ゲル化共重合体の特性は、薬物送達や組織工学など、幅広い用途で有用です。
参考文献
続きを確認するには、ログインするか、新規登録が必要です。
アカウントをお持ちではありませんか?