MOF(金属有機構造体)用SBU前駆体
Steffen Hausdorf
Institut für Physikalische Chemie
TU Bergakademie Freiberg, Leipziger Strasse 29 D-09596 Freiberg, Germany
はじめに
1999年にMOF-5が発見されて以降、有機金属構造体(MOF:Metal Organic Framework)は固体化学および材料科学分野に大きな変革をもたらし1、その「超」多孔性および他に見られない興味深い結晶構造という二つの点から、注目を集めている材料です。
多孔性の観点では、MOFのBET表面積は10,400 m2/gにも達し、固体材料における限界値に近づいています2。さらに、特定の吸着分子に合わせて、細孔の大きさと機能性を制御することのできる材料です。このような高い表面積と機能性を付与できる特徴から、MOFは気体貯蔵(天然ガスや水素など)や気相分離、触媒、クロマトグラフィーなどの幅広い用途において期待されています。
一方、結晶学的観点からは、多くのMOF構造は結晶学的多面体理論をもとに体系化されています。例えば、O'KeeffeとYaghiによる「Reticular Chemistry(網目状構造化学)」の概念では、「Net(周期構造)」はリンカー結合と頂点形状(vertex figure)から構成されます。MOF構造における無機二次構造単位(SBU:secondary building unit)は、このvertex figureに単純化でき、また、ほぼすべての新規MOF構造は、これらの「Net」タイプと関連付けることができます3。そのため、MOF構造についての論文・著作のほとんどにおいて、「構造設計(structure design)」または「結晶工学(crystal engineering)」という用語が用いられています。SBUの概念が登場するまでは、ゼオライト合成に用いられる、反応機構が十分に解明されていない水熱合成法で合成されていました。しかしながら、SBUアプローチの導入により、合理的な化合物設計が可能となりました。
CSA:SBUを用いたMOFの合成
従来の方法とは対照的に、「二次構造単位を制御・利用する手法(CSA:Controlled SBU Approach)」では、あらかじめ調製したSBU前駆体に対して単純かつ様々な置換反応を行うことで、試行錯誤による材料探索を行わずにMOFを合成することができます。一般的な手法とは異なり、CSAは目的に適した金属中心を含むMOFを作製することのできる簡便な方法であり、化学安定性、触媒活性、磁性、極性などの性質を制御した、構造の類似した多様なMOFを得ることができます。さらに、CSAでは反応温度を低くすることができるため、熱に不安定なリンカー化合物を利用することも可能です。
CSAは、2004年のFéreyによるμ3-オキソ錯体である酢酸鉄の三量体(Fe3OAc6∙ClO4 、749141)を前駆体として用いたMIL-88とMIL-89の合成において初めて用いられました(図1)4。2009年には、Féreyらは、6核のマルタ十字型をしたジルコニウムメタアクリラートオキソクラスター Zr6O4(OH)4(OMc)12(OMc:CH2CH(CH3)COO)をSBUとして用いた、水に対して極めて安定なUiO-66-型MOFのCSAによる合成を報告しています5 。図2に、UiO-66構造中のマルタ十字型SBUの詳細およびそのリンカー分子との結合を示しました。
図1SBUを用いた2種類のMOF構造体(MIL-88AおよびMIL-88C)の合成
図2UiO-66のマルタ十字型SBU前駆体およびUiO-66の四面体配列
IRMOF(Isoreticular(等網目状)MOF)タイプの4核八面体SBU(図3)には、さまざまな種類の金属中心をもつ多様な可溶性錯体が用いられます。ここで用いられるカルボン酸錯体は、1901年に初めて報告された塩基性酢酸ベリリウム6の構造に類似した化合物群です。しかしながら、亜鉛以外の金属中心を含むIRMOFは2010年になるまで報告されませんでした。亜鉛以外の金属で合成するのが困難な理由の1つに、ソルボサーマル反応の反応経路が限定されている点が挙げられます。SBUの中心酸素イオンは硝酸イオンの分解を経て形成されますが、亜鉛イオンの存在下でのみこの反応が進むためです7。2010年に報告された、CSAによるMOF-5と同系構造を持つ3種類のIRMOFの場合、一般的なMOF-5(Zn)の合成には塩基性酢酸亜鉛(Zn4OAc6)が用いられ、水に安定なMOF-5(Be)には塩基性酢酸ベリリウム(Be4OAc6)、常磁性MOF-5(Co)にはSBU二量体のオキソピバリン酸コバルト(Co8O2Piv12、749125)が用いられました8。図3には、一般的な反応経路を示しました。これら材料の合成が実現されたことで、IRMOFやMOF-177と同系構造のMOFの合成にSBUを用いた合成法を適用できることが示されました。以降では、CSAによる具体的な合成方法の例を紹介します。
図3MOF-5と同系構造をもつMOFのCSA合成。塩基性酢酸ベリリウム錯体タイプのSBU前駆体を、八面体として表記しています。
SBUを用いたMOFの合成事例
鉄系MIL構造体9
MIL-88Aを合成するには、Fe3OAc6∙ClO4(749141)、フマル酸(798673)、水酸化ナトリウム、脱イオン水およびメタノールを、1:3:1.5:50:1000の比率で混合します。得られたオレンジ色のゲルを、100℃で3日間、密封容器中で静置させ、明るいオレンジ色の固体をろ過し、メタノールとアセトンで洗浄後、室温で乾燥させます。フマル酸の代わりに、trans, trans-ムコン酸(M90003)を用いるとMIL-89を、2,6-ナフタレンジカルボン酸(523763)を用いるとMIL-88Cを合成することができます。MIL-88CはMIL-88Aと同系構造ですが、より大きな細孔径を有しています。
ジルコニウム系UiO-66構造体5
Zr6O4(OH)4(OMc)12、trans, trans-ムコン酸(M90003)およびジメチルホルムアミド(DMF)を、1:30:1485のモル比で室温にて攪拌しながら混合します。反応物をテフロン製オートクレーブに入れ、150℃で1時間加熱することで、結晶性の白色粉体が得られます。若干の黄色不純物が認められますが、DMFに懸濁させることで容易に除去できます。最終的にこの懸濁液をろ過し、100℃で乾燥させます。この方法で、前述したUiO-66と同系構造のMOFが得られます。UiO-66の場合、テレフタル酸(185361)をリンカーとして用います。また、cis-ムコン酸をリンカーとして用い、室温で96時間反応させることで、類似の結晶性物質が得られます。CSAとは対照的に、ZrCl4を用いたソルボサーマル法では、アモルファスな物質が生成してしまいます。
MOF-5同族体(IRMOF)8
亜鉛またはコバルトの前駆体を用いたCSAの場合、水分を含まない材料および溶媒を使用する必要があります。高表面積で高純度のMOFは、不活性ガス下で、P2O5によって脱水した溶媒と、真空下で昇華させたテレフタル酸(185361)を用いることで得られます。一般には、0.03Mのリンカー溶液を同体積の0.01M前駆体溶液(Co8O2Piv12の場合は0.005 M)に、1.5 ml/minの速度ですばやく攪拌しながら滴下する方法が用いられます。それぞれのIRMOFには、内包物をほぼ含まない、高い結晶性材料が得られるCSAの最適温度があります。テレフタル酸を用いた場合、この最適温度は、MOF-5(Zn)では100℃、MOF-5(Co)では90℃、MOF-5(Be)では189℃です。2-アミノテレフタル酸(381071)を用いた場合のIRMOF-3の最適温度は70℃です。室温では、結晶構造から計算で導かれる理論的な細孔容積の60-70%をもつ材料となり、最適温度より高い場合には、前駆体中央の酸素イオンがプロトン化され、非多孔性のテレフタル酸の二量化が起こります。また、コバルトの場合には、10%過剰量の前駆体および微量の塩基性安定剤(ジエチルアミンなど)を用いることでよい結果が得られます。すべての場合において、溶媒にN,N-ジメチルホルムアミドよりもN,N-ジエチルホルムアミドを用いたほうが、高表面積のMOFとなります。現時点では高品質のIRMOFを得るための溶媒として知られているのは、ホルムアミド系溶媒のみです。
【参考】IRMOFの一般的な溶媒除去(活性化)方法
- Schlenk frit D4(細孔径:10-16 μm)で懸濁液をろ過します。
- ろ過した固体を、乾燥済みDMFで3回洗浄し、さらに乾燥済みCH2Cl2で3回洗浄します。
- CH2Cl2を用いて固体を抽出します(8時間、via a through-feed frit)。
- 100~200℃、0.2~0.5 mbarの条件で4時間かけて溶媒を除去します。
- 赤外分光法(IR)にて、DEFまたはDMF由来のカルボニル基が見られないことを確認します。
SBUアプローチにより合成したMOFの同定
通常、CSAで得られるMOFは、粒径が150 nmから5 µmの粉末です。既知の構造であれば、粉末X線回折(PXRD)やPowderCellなどのX線回折シミュレーションプログラムを用いることで同定が可能であり10、新規構造の場合は、初期構造モデルを用いたリートベルト法によって解析します。その構造モデルは、SBUとリンカーの組み合わせや分子モデリングであらかじめ予測した構造に基づいて、RCSRデータベースに記載されている「Net」構造から選択します11。多孔性の評価は、窒素またはアルゴンの吸着等温線を測定し、BET法により表面積を見積ります。ガス吸着等温線において、BET法におけるCパラメータが正の領域を用いることによって表面積が得られます12,13。細孔容量も、t-プロット法を用いて吸着等温線から求めることができます14。
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