ポリ水酸化フラーレンの新規特性および応用
はじめに
フラーレンはその発見以降大きな注目を集めており、さまざまな科学分野において特性および応用が広く研究されています。フラーレンは多数の共役二重π結合を持つためにユニークな電子特性を示し、低い最低空軌道(LUMO:lowest unoccupied molecular orbital)エネルギーによって、フリーラジカルなどのさまざまな活性酸素種(ROS:reactive oxygen species)と相互作用します1。
しかし、フラーレンは水などの極性溶媒における溶解性が低いため、生物学的応用が進んでいません。このため、フラーレンの極性溶媒における溶解性の改善の可能性を検討しました。
新規水酸化フラーレンの特性
ポリ水酸化フラーレン(793248、C60(OH)n・mH2O(n>40、m>8))は、フラーレンケージ上に40個以上の水酸基を結合したフラーレンC60と、二次結合した8個以上の水分子で構成されています(図1)。
図1 ポリ水酸化フラーレン(793248、C60(OH)n・mH2O(n>40、m>8))の構造
これまでに、さまざまな数の水酸基を結合したフラーレンが報告されており、水酸基が12個未満であるフラーレンは低い水溶性を示します2。小久保ら3,4の報告したC60(OH)40・9H2Oは、中性pH条件下で最高58.9 mg/mLという高い水溶性を有し、C60(OH)36・8H2O(17.5 mg/mL)やフラーレンC60(1.3×10-11 mg/mL)の水溶性よりもはるかに高い値を示しました。
ポリ水酸化フラーレンは、フリーラジカル捕捉能を有することから、高い抗酸化活性などのユニークな特性を持つことが知られています。斉藤ら5は、β-カロテン退色法を用いてフリーラジカル除去能力を評価し、C60(OH)44・8H2Oが脂質ペルオキシラジカルまたは脂質ラジカルの除去活性を有することを明らかにしています。また、ケラチノサイトにおいてUV誘発性細胞内ROS生成を抑制し、よく知られた抗酸化剤であるアスコルビン酸よりも多くのヒドロキシルラジカルを除去しました6。
ポリ水酸化フラーレンの応用
酸化ストレスは、さまざまな疾患の病因に関係があります。酸化ダメージは、よく知られた皮膚疾患である「尋常性ざ瘡」でも役割を果たしています。このため、尋常性ざ瘡の治療に抗酸化剤の適用が検討されています。乾ら7は、ハムスターの脂腺細胞においてポリ水酸化フラーレンが皮脂分泌に抑制効果を発揮し、プロピオニバクテリウム・アクネス(Propionibacterium acnes)由来のリパーゼに対して阻害活性を示すことを明らかにしました。これらの結果から、強力な抗酸化特性を持つポリ水酸化フラーレンは、尋常性ざ瘡に対する新規皮膚治療への利用が期待されます。
酸化ストレスは、肥満関連メタボリックシンドロームの発現に関連する重要な因子の1つであることも知られています。斉藤ら5,8は、C60(OH)44・8H2OがOP9前脂肪細胞の脂肪細胞への分化時に細胞内スーパーオキシドアニオン生成および脂質蓄積を顕著に阻害することを報告しました。これらの結果から、ポリ酸化フラーレンは肥満およびメタボリックシンドロームのコントロールに有用である可能性が示唆されます。
青島ら9の報告では、ポリ水酸化フラーレンは抗菌活性も有しています。C60(OH)44・9H2Oは、プロピオニバクテリウム・アクネス(Propionibacterium acnes)、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、でん風菌(Malassezia furfur)に対する有意な抗菌活性を示し、ポリ水酸化フラーレンは細菌の増殖を阻害することによって抗菌活性を示していることを示唆しています。
ポリ水酸化フラーレンには水溶性があることから、表面研磨剤としての応用も検討されています。高谷ら10は、C60(OH)44・8H2Oスラリーを用いて、銅パターンウエハの平坦化に用いる化学機械的研磨(CMP:chemical mechanical polishing)技術を開発しました。高谷らは、ポリ水酸化フラーレンを研磨剤として用いた場合、他の研磨剤よりも優れた研磨性能が得られることを明らかにしています。
このように、ポリ水酸化フラーレンの有するユニークな特性から、広範な産業分野において有用な活性成分としての利用が期待されています。
References
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