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3D細胞培養のための接着因子

3次元(3D)マトリックスにおける接着因子組織工学的観点から

はじめに

細胞外基質(ECM)に基づく3D細胞培養システムは、正常および疾患システムの研究ツールとして用いられるほか、in vitroでの薬剤スクリーニングに使用されています。ここでは、ECMとその接着因子構成成分の構造生物学的な機能のほか、in vitroでの応用向けにどのようなものが市販されているかについて考察します。

細胞外マトリックス(ECM):細胞から組織に

すべての動物細胞は、極めて複雑かつ特殊化した組織を形成しています。細胞は固体中でも液体中でも、細胞が単独で組織を形成することはなく、常に細胞外マトリックスECM環境と密接しています。そうした細胞はさまざまな種類のタンパク質を分泌し、それらは互いに結合して組織特異的なECMを形成します。

一般に、以下の観点から、ECMの機能は重要です。

  • 組織の表現型
  • 組織の機械的安定性
  • 細胞の運動性
  • 増殖、分化および形態形成
  • 細胞間および細胞内でのシグナル伝達
  • 組織の修復

このように、正常状態、病的状態、悪性腫瘍状態のいずれにおいても、ECMは組織の恒常性に重要な役割を果たしています。

ECM構成成分細胞の接着

一般に、ECMは不溶性のコラーゲン線維と可溶性のタンパク質から構成されています。それぞれのECM構成成分は、よく似た構造や機能モジュールを持ち、互いに結合しています。その一部は、細胞表面の構成成分と結合する機能を有することから接着因子に分類されます。このように、ECMと組織中の細胞の間では常に機能的なつながりが存在します。

主なECM構成成分

  • コラーゲンは非常に多様なタンパク質であり、動物界で最も広く認められます。複数の型のコラーゲンが硬い線維や2次元的な網目状構造を形成して、固形の組織は伸長することができます。
  • プロテオグリカンは、ヒアルロン酸(HA)、ヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸などの長いポリサッカライドがコアタンパク質に結合した構造をとります。この構造のためにプロテオグリカンは高度に水和されており、細胞間に粘性のある空間をつくります。増殖や分化の際、細胞はこの空間で運動性を獲得することができます。これらの分子は非常に多様であり、その一部は細胞膜に接して、細胞内シグナル伝達の構成要素に作用し、ECMと細胞質のクロストークの基盤となります。また、成長因子やホルモン類と結合して貯留層としてはたらき、組織中の細胞へのばく露または隔離を容易にしていることもあります。
  • 複数の接着部を有するマトリックスタンパク質は、コラーゲン、細胞膜、ポリサッカライド、ホルモン、成長因子などの間に介在し、相互作用します。このような分子の例として、ラミニンとフィブロネクチンは重要です。いずれも多様性のあるヘテロ二量体であり、細胞表面のインテグリンとともに、タンパク質のネットワークを形成し、コラーゲンや他のECM構成成分と結合することがあります。血漿中フィブロネクチンは血流中に存在し、固形組織のフィブロネクチンとともに創傷修復に関与します。固形組織では、フィブロネクチンにより免疫細胞が遊走することができ、血漿中ではフィブロネクチンは活性化した血小板表面のフィブリンやインテグリンと結合することで血液凝固に関与します。

上記のことからも、腫瘍細胞の転移能などの病理学的な変化は、ECMの変化によって生じうることは明らかです。2

ECM接着因子は細胞間または細胞とECMの結合を仲介する― Focal Adhesion(接着斑)

既に述べたように、ECM構成成分の構造や機能によって、細胞とECMの複雑なネットワークが形成されます。これにより、細胞内環境と細胞外環境の間のクロストークが常時存在することになります。細胞膜とECMの間の接触点のことを接着斑と呼びます。このような接着斑の分子的構造は、組織ごとに異なるのですが、一般に細胞表面のインテグリン分子が、細胞間にある細胞骨格結合タンパク質とECM構成成分の両方と結合しています(図1)。細胞間シグナル伝達において、ECMは機能的なユニットとして働きます。

典型的な接着斑の構造

図1.典型的な接着斑の構造

3D細胞培養 ― 「ミッシングリンク」

ECMは単なる組織内で細胞を支える物理的な足場ではないことが明らかになりました。ECMと細胞膜の境界面において、接着因子が細胞機能に果たす役割を以下のとおり示します。

  • 組織特異的なタンパク質の発現のために、肝細胞は肝に特殊化したECMを必要とします4,5
  • ECMがホルモンや成長因子の貯留層としてはたらき、特定のホルモンや成長因子のばく露または隔離を調節して、ECMと細胞の特殊な相互作用が生じます1,6
  • ECMと細胞質の間の双方向性のクロストークにより、細胞外環境への細胞の応答が常時可能となります。例えば、リンパ球表面にあるCD44分子はヒアルロン酸と相互作用することによって「ローリング」と呼ばれるメカニズムがはじまり、リンパ組織への浸潤を生じます7
  • 胚の形態形成または創傷後の組織修復の際、ECMは再構築され細胞に影響を与えます。8

2D細胞培養から3D細胞培養への移行

初代細胞や不死化細胞を用いたex vivoまたはin vitroの研究は、さまざまな生物学的機能についての一次的な情報を収集するための方法として間違いなく簡便であり、比較的安価に行うことが可能で、信頼性も高いと言えます。しかし、in vitroでの研究はin vivoの場合と比べてさまざまな点で劣ります。問題点の一つとして、2次元のマトリックス上で培養された細胞は、表層と底部の間で極性を持つため、さまざまな生理学的性質に影響が生じることが挙げられます。とはいえ、in vivoでの研究はコストと時間がかかります。また、単独のプロセスやメカニズムのみを切り離した研究結果を示すことは困難であると言えます。

これまでに開発されてきた3D細胞培養法は、2D細胞培養法とin vivo研究の橋渡し役となっています。すなわち、コントロールしやすく、より安価かつ迅速に実験ができる利便性に生理学的信頼性を組み合わせることができます。今や研究者は、細胞とECMの両方をコントロールすることが可能です。これによってECM環境下で細胞からなる組織様の構造を維持しながら、さまざまな組織や生理学的条件を再現することができます。3次元のマトリックス内において、培養前に細胞を多様な方法で操作しておくこともできます。また、基質は比較的透明であることからプロセスや構造を可視化することも可能です。9こうした理由から、3D培養組織は「人工組織」と呼ばれています。

さまざまな形状やサイズの3D培養組織

通常、3D培養組織には未処理あるいは処理された初代細胞または不死化細胞が含まれていて、それらはECM由来の基質の上部、下部または内部に存在します。ECMはin vivoで細胞から分泌されたものであるため、特殊な細胞や組織を起源とするECMマトリックスを準備することができます10

特定の薬剤処理した組織を準備するための補助として、主要な接着因子およびECM構成成分が入手可能です。以下はその例です。

  • 組織培養プレート用のECM接着因子 ― マトリックス構成成分に単独または組み合わせで使用できる接着因子として、ラミニン、コラーゲン、アグリカン、フィブロネクチン、in vitroネクチンおよびヒアルロン酸があります。
  • ECM生体材料-腫瘍などから分離されたECMゲル(製品番号L2020:高ラミニン含有ECMおよび製品番号E1270:ECMゲル)
  • 足場生体材料 - 多くの腫瘍細胞で示されるように、細胞培養が3次元構造と正確な生理学的機能を発揮できるように、ある種のバイオポリマーをECM構成成分と組み合わせて使用します11。(Corning®社製Ultra-Web合成3次元in vivo様ナノフィブリル基質)

3D培地の構成が研究方法や結果に影響を及ぼす

近年の3D細胞培養技術の発展に伴い、人工組織は単にin vivoでの組織の環境を再現するための有用なツールであるだけでなく、その物理的な構造や接着因子の構成によって動態が大きく変動することが明らかになりました。

以下に、3次元組織のパフォーマンスがどのようにECMや接着因子の構成に依存するのか、具体例を示します。

  • 人工的に作製された腫瘍では、ECM物質の添加の有無によってその動態が異なります11。ヒト由来の腫瘍細胞が3次元ポリ(Lactide-co-Glycolide)共重合体(PLG)からなる足場上に播種されました。この実験では、PLGのみ、PLGと高ラミニン含有ECMを組み合わせたもの、そして2次元的な培養環境それぞれに腫瘍細胞が播種され、増殖、血管新生、低酸素状態での動態および化学療法への応答という各側面から、in vivoでの性能が比較されました。その結果、3次元PLG足場構造と高ラミニン含有ECMを組み合わせた場合において、薬剤への応答が減弱し、浸潤性の高い腫瘍が生じ、in vivoの腫瘍に最も近いものが得られました。
  • 高ラミニン含有ECMゲルによって、良性腫瘍と悪性腫瘍を区別することができます12, 13。ラミニンを添加したECMゲルマトリックスでは、細胞の形態や増殖状況から良性腫瘍と悪性腫瘍を判別することが可能となります。明らかに、この知見は臨床診断に応用できると考えられます。
  • 特定のECMマトリックス上でのシグナル伝達経路は、in vivoでのそれに非常に類似しています14。これは、基底膜(ECMの下層にある上皮)様のゲルをマトリックスとして用いた研究から明らかになりました。このゲルを使いながら操作を加えると、形態学的に正常な乳房組織の回復、あるいは極めて転移性の高い腫瘍細胞の死滅につながるシグナル伝達経路を特定することができます。このアプローチは、悪性度の高い乳がんに対する治療戦略に応用できる可能性があります。
  • コラーゲン由来の3D細胞培養によって生理学的なゲノム研究を簡略化することができます。3次元コラーゲンマトリックスでは、平滑筋細胞の生理学的な増殖と収縮、それに伴う遺伝子発現パターンを変化させることが可能です15。3D細胞培養は、(siRNAや感染などの手法を通じて)遺伝子操作された細胞を含めることが可能となり、遺伝子発現の状況や生理学的な性質の分析を比較的に容易に行うことができます。したがって、一部の3次元的に操作された組織を用いれば、遺伝子研究において以下のようなことが可能となります。

    1. トランスジェニック動物と、その煩雑な繁殖プロトコルの必要性の回避
    2. 多様な遺伝的背景に基づく遺伝子機能に関する研究
  • 3次元マトリックスの構造と構成はどちらも接着斑に必要です16。この研究では、接着斑に関連したシグナル伝達、形態、接着、運動および増殖をin vivoの形式に近づける上で、3次元マトリックスの空間的構造と接着因子の構成が影響を及ぼすことが強力なエビデンスにより裏付けられています。

3D細胞培養生体組織工学の構成要素

研究により、細胞培養を用いたin vitroおよびex vivoでの実験のための最適な条件が明らかとなりました。これまで、in vivo実験手順の煩雑さと、in vitro実験に起因する不自然さという2つの難問に板挟みになる状況は深刻でした。そうした中、制御された環境下で、信頼性が高く、in vivo環境に近い、時間がかからないといった諸条件を満たす実験環境での研究プラットフォームのニーズが生まれました。優れた基礎研究と臨床研究、さらには生命科学業界の積極的な働きによって、今日では3次元の人工組織中で細胞を培養する最先端モデルが利用可能となっています。確かにin vitro研究では、こうした培養にまだ成功していない組織が存在します。また、in vivo環境下に介在する複雑な細胞種やプロセスを完全に再現することはできません。しかし、人工的な3次元培養組織は、臨床診断や治療に応用できる可能性を秘めているのです。

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