固体酸化物形燃料電池用材料の進展
図1H2やCOで動作するSOFCの模式図
電解質として使用される既知の酸化物の中には773K未満で顕著なイオン伝導性を示すものがないため、SOFCは773K~1,273Kという比較的高い温度で動作しなければなりません。残念なことに、高温では材料の耐久性の点で問題が生じるため、SOFC研究の多くは動作温度範囲の下限で動作できるようにすることが目指されています。しかし一方で、高温という条件には多くの重要な利点があります。たとえば高温雰囲気では、少ない電極損失で(つまり、低い過電圧で)カソードではO2、アノードではCH4などの分子を活性化することができます。熱管理も高温の方がはるかに容易です。また、どのタイプの燃料電池であっても、電気エネルギーに変換されなかった化学エネルギーは熱として排出されますが、SOFCの場合、この熱を吸熱性の改質反応に利用できます。たとえそのまま排出する場合でも、SOFCでは周囲への熱伝達がはるかに容易です。さらに、これまでは、SOFCは大規模発電用途のみに適していると考えられていました。しかしながら、高温動作の点が課題ではありますが、小規模用途、つまり既存電池の代替やマイクロチップの電源などに利用される携帯用SOFCが、現在精力的に開発されています。
理想的な燃料電池では、生成した電子の電位はNernstの式(式1)で決まる値によって上昇します。Nernstの式は、電子の電位の変化を反応のGibbs自由エネルギーの変化に関係付ける熱力学式です。
VNernst = V° + (RT/nF) ln [ (PH2, anode • PO2, cathode(1/2)) / PH2O, anode ] --------(式1)
実際、電流がなければSOFCは平衡に近づき、開回路電圧(OCV:open circuit voltage)を使用して電解質中の化学ポテンシャルの差を測定できます。これが、今日の自動車に使用されている酸素センサーの原理です4。ところが、エネルギー生成には電流を流す必要があり、電極や電解質における損失によりセルの電位は低下します。たとえば、電解質はその厚さと抵抗率から求められる抵抗をもつため、電解質での電位損失はi·REとなります。ここでi はA/cm2で表される電流密度、REはΩ·cm2で表される抵抗です。電流密度、カソードでの過電圧損失ηcathode、およびアノードでの過電圧損失ηanodeの関係は複雑であり、最終的に、セルの動作電位Vは式2から得られます。
V = VNernst – (i • RE + ηcathode + ηanode) --------(式2)
低温で動作する固体高分子形燃料電池などの燃料電池では、開回路に近い状態での電池の電位が電流密度とともに指数関数的に下降するのが一般的ですが、多くの場合、SOFCでは直線的な関係にあります。この関係が直線的であれば、アノードやカソードでの損失はそれぞれのインピーダンスRanode、Rcathode(実際には各コンポーネントの抵抗)によって表すことができます。燃料電池開発における代表的な目標は、1 W/cm2の電力密度を達成するのに必要なセルの全インピーダンスを0.3 Ω·cm2未満にすることです。カソード、電解質、アノードは直列回路を形成するため、それぞれのコンポーネントでの損失が加算されていきます。したがって、各コンポーネントのインピーダンスは約0.1 Ω·cm2未満でなければなりません5。
SOFC材料の現状
現在開発されているSOFCの組成は、この30年間で大きく変わっていません。最も一般的に使用されている電解質は、いまだにイットリア安定化ジルコニア(YSZ)です。よりイオン伝導率が高い酸化物もありますが、YSZは比較的安価で、いかなる還元条件下でも電子導電率が無視できるほど小さいためです。厚さ10 μmのYSZ電解質での損失は、973Kでわずか0.05 Ω·cm2です。典型的なアノードは、NiとYSZの多孔質複合体です。Niによって電子伝導性と触媒活性が生じる一方、YSZはイオン伝導のためのチャネルを電極内に提供することで、多孔性を維持するとともに電極と電解質の間の熱膨張係数の違いを調整するのに役立ちます。カソードは高温空気中で高い導電性を保持しなければならないため、ほとんどの場合、その主成分は導電性酸化物である、SrをドープしたLaMnO3(LSM)です。アノードと同様に、LSMとYSZを混合してカソード用複合体とすることもあります。
これらの材料は1975年以降ほとんど変わっていませんが6、多くの研究開発によって動作温度が約1,273Kから1,073K未満に大幅に下がり、商用化に近づいています。まず一つ目の成果はアノード支持型セルの開発でした7。厳密には細かな点で製造方法は異なりますが、このタイプのセルはNiOとYSZ粉末を物理的に混合して作られた比較的厚い(約500 μm)膜と、より薄い(約10 μm)YSZ粉末の膜からなる二重の層の圧粉体で作製されます。NiOとYSZは固溶体を作らないため、十分な高温でこの二重層を焼結することで、YSZの緻密な電解質層が形成されます。カソードをこの緻密なYSZに塗布し(つまり、LSMとYSZ粉末の混合物をスクリーン印刷して)、NiO-YSZ複合材を還元して多孔質のNi-YSZアノードにします。この操作によって薄い電解質が得られることに加えて、アノードと電解質を一緒に焼成することで、電気化学反応を促進させるのに理想的な状態に近いアノード-電解質界面を形成することができます。一般的には、これらのセルの性能はカソードの性能によって決まります。
2つ目の大きな進展は、SrをドープしたLaCo0.2Fe0.8O3(LSCF)などのMIEC(mixed ionic and electron conducting)ペロブスカイトで作られたカソードの利用です8。LSMは電子導電率が高い反面、酸素イオン伝導率は極めて小さく、YSZの10-6倍に過ぎません。一方、LSCFは高い電子導電率を保ちながら、イオン伝導率はYSZの約50分の1程度です。イオン伝導率が上昇すると、気相のO2が電子と反応して酸素イオンを作る場である電気化学的に活性な領域、いわゆる三相界面が広がります。LSCFの難点は、YSZと容易に固相反応を起こしてしまう点です。そのため、セリアをドープしたミクロンサイズの薄膜をLSCFとYSZの間の中間層として使用することで固相反応を防止します8。
SOFC材料の今後
現在用いられている材料によってある程度の電極特性が得られますが、新たな組成の材料や製造方法によって多くの課題が改善されると考えられます。まず、アノードにNi-YSZ複合材以外の材料を用いると、改質を必要とせずに炭化水素を利用できる可能性が開けるでしょう。最初に述べたように、理論上、SOFCはほぼすべての可燃性燃料を燃料にすることができます。残念なことに、Niは炭化水素から炭素繊維を生成させる触媒として働くため、この炭素繊維によりセルが不活性化し、また、生じた応力によって「メタルダスティング(metal dusting)」と呼ばれる腐食によってセルの破壊やNiの喪失が起こります。NiをCuもしくは導電性セラミックに置き換えれば、メタンの他に液体燃料を直接用いてSOFCを動作させることができます1,2。
Ni-アノード代替材料の問題は、アノードのインピーダンスが非常に高い点にあります。そのため、Ni-YSZアノードを用いたSOFCと同等の出力密度を得るには、はるかに高い温度が必要になります。この機能低下の一因として、理想的な電極-電解質構造を得るためにアノード支持型セルで使用されている、共焼結処理を用いることができない点が挙げられます。Niの代替として使用できる材料は基本的にすべて、緻密な電解質層を形成するのに必要な温度ではYSZと固相反応を起こします。
代替材料を利用した場合に良好な界面を得るには、活性電極成分を電解質の多孔質層に浸透させる方法が一つの解決策となります。その概略を図2に示します。
図2浸透処理によるSOFCの作製手順
まず、緻密なYSZ電解質の上に多孔質YSZ層を作ります。多孔質層-緻密層の二重層を作るのに最も簡単なのはテープキャスト法で、処理前の圧粉体の片側に細孔生成用前駆体を塗布します。勿論、他の方法も可能であり、Ni-YSZアノード支持型セルから出発して、硝酸によってNiをエッチングによって除去する方法で、YSZには影響がなく、緻密な状態を保っていたという報告もあります。次に液相化学反応を利用して、電子伝導性の触媒活性をもつ化合物を多孔質層中に浸透させます。触媒と電子伝導体は、Ni-YSZアノードの場合のように同じ物質であっても、異なる2つの材料にそれぞれの役割を持たせても構いません。たとえば、Ni、Pd、またはPtをドープしたセラミック伝導体(La0.8Sr0.2Cr0.5Mn0.5O3、LSCM)を使用した研究で優れた結果が得られています9。
この方法を用いることで、材料の柔軟性が向上することに加えて、電極への浸透処理をより低温で行うことができるため、固相反応を用いずにすみます。その上、浸透法による複合材の機械的性質はYSZ支持体によって決まりますが、この支持体はYSZ電解質とともに非常に高い温度で焼成しているため、これら複合材は優れた機械的性質を示します。最終的に、電極本来の安定性をもたらす、電極材料と電解質との間の相互作用をうまく操作できると考えられます10。
浸透法による複合体の作製は、カソード特性の向上にも極めて有用です5。ほぼ理想的な電極-電解質界面が得られることと、処理温度を低くすることができる上に、浸透処理では多孔質の電解質構造を作製した後で電子伝導性材料を加えるので、非ランダム(non-random)複合材を製造できます。この非ランダム構造には2つの重要な点があります。1つ目は、伝導体相が基本的に細孔を覆うためにその接続性が良くなり、少量の電子伝導体でも優れた導電率を得られることです。2つ目は、主に多孔質複合材中の電解質支持体がその機械的性質を決定するため、非ランダム複合材の各材料の熱膨張係数を調整する必要性が少なくなることです。そのため、電気化学的性能を優先して電極材料を選択することが可能になります。
もう1つの有望な解決策は、多孔質金属支持構造の上に活性SOFC成分の薄膜を作製することです11。多孔質金属は、機械的強度と電流収集のためにしか使用されないため、比較的安価なもので構いません。金属性支持材を使用すると、セルの封止が非常に簡略化され、耐熱衝撃性と同時に優れた機械的強度も得られます。SOFCの部材として使用する材料は基本的に何を用いても構いませんが、その処理条件は金属支持材料を維持できるものでなければなりません。ステンレス鋼などの最も安価な金属は、空気中での高温焼結に耐えることができないため、カソード作製時に浸透処理を用いることが極めて重要になると考えられます。
ダイレクトカーボン燃料電池
近年、石炭やバイオマスなどの固体燃料から発電できる燃料電池の開発に大きな関心が寄せられています12,13。ここでの課題は、酸素イオンを電解質から固体燃料の表面に移動させる物質の開発です。1つの方法は、固体燃料をCO2で酸化し、発生したCOをさらにSOFCアノードで酸化するものです。この方法は、従来の材料を利用したSOFCでも利用可能です。しかし、それらSOFCにおいてCO2による炭素系燃料が容易に酸化されたとしても、溶融アノード型SOFCはあらゆる炭素系燃料をより一般的に応用できる方法であると考えられます。
溶融アノードの研究で最もよく用いられているのが、酸素イオンをセラミック電解質から燃料に移動させる液体アノードとして溶融炭酸塩混合物(たとえば、Li2CO3 + K2CO3 + Na2CO3)を使用する方法です。溶融炭酸塩は、その中に炭素系燃料を浸漬させることで、効率的に燃料を酸化することが明らかになっています。しかし、溶融塩自体には導電性がないため、金属性電流コレクタを極めて腐食性の高い溶融炭酸塩溶液中に浸漬する必要があります。さらに問題となるのが、CO2による酸化に加えて、炭酸塩のCO32-イオンによる酸化が起こる点です。その結果、固体燃料表面から金属性電流コレクタへの電子移動が遅くなり、電極性能が制限されます。その解決策として考えられるのは、導電性炭素を燃料として使用して、炭酸塩中の炭素濃度を高い状態に保つ方法です。この方法は、石炭を使った場合に785℃で>100 mW/cm2というという優れた結果12が得られている一方で、燃料自体がアノードの一部であるために、燃料として使用できる材料の種類が限られてしまいます。
炭素で動作する燃料電池を実現する別の方法として、溶融金属アノードを使用する方法があります7-9。図3に示すように、この方法では電解質からの酸素が溶融した金属によって運ばれて金属酸化物を生成し、さらにこの金属酸化物を燃料によってアノード部で直接還元するか、もしくは酸素で飽和した金属を除去した後、別の反応装置において還元します。現在、この方式では溶融Snアノードの利用が進んでいますが13、それ以外の溶融金属も検討されています14。
図3溶融Snアノードを使用したダイレクトカーボン燃料電池の模式図
参考文献
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