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リチウムイオン電池用電極材料

Kinson C. Kam, Marca M. Doeff

Lawrence Berkeley National Laboratory, Environmental Energy Technologies Division, University of California, Berkeley, California 94720

背景

充電式リチウムイオン電池の市場は、2010年に約110億ドルに達し、その後も成長を続けています1。現在、リチウムイオン電池は主に携帯用電子機器、電動工具などで利用されていますが、最近では電気自動車(EV:electric vehicle)やプラグインハイブリッド車(PHEV:plug-in hybrid electric vehicle)をはじめとする自動車関連での利用も新たに始まっています。今では、テスラ・ModelSセダンのようなリチウムイオン電池搭載電気自動車、シボレー・ボルトやフィスカー・カルマのようなPHEVを購入することができます。しかし、リチウムイオン電池の市場への浸透をさらに進めるには、低価格化と性能および信頼性の向上がさらに必要であると考えられています。 

Liイオンデバイスの開発は、1970年代のリチウム金属電池の研究とTiS2のようなインターカレーション(挿入)反応を示す正極材料の発見に始まりました2,3。その後、Goodenoughが層状酸化物LiCoO2を発見し4、これに続いて黒鉛負極の可逆サイクルを可能にする電解液が発見され5、1991年にソニーが、LiCoO2正極と黒鉛負極を組み合わせた最初の充電式リチウムイオン電池を商品化しました6。「ロッキングチェア」型とも呼ばれる、両極においてインターカレーションが起こるこのシステムでは、電荷の貯蔵と供給の手段としてリチウムイオンの可逆的な挿入と放出を利用しています(図1)。
 

リチウムイオン電池概略図

図1Al集電体上のインターカレーション系正極、リチウム塩を含む電解液、およびCu集電体上の黒鉛負極から構成されるリチウムイオン電池の概略図。

放電中にリチウムイオンが電解液を通って負極(アノード)から正極(カソード)に移動するときに電流が発生します。この逆のプロセスでは、リチウムイオンが負極に戻るインターカレーションとリチウムイオンの正極からの脱離が起き、充電状態になります(実際には、電池は放電状態で組み立てられ、使用前に充電します)。セルの精密な制御とパッケージングの改良によって、過去20年間でエネルギー密度が2倍になりました。しかしながら、その間にも民生用および自動車用電子デバイスの両方における低価格化と高性能化のニーズはさらに高まりを見せており、代替正極材料と負極材料の探索が続けられています。特に自動車での利用には、安全性、価格、寿命、その他指標に関する厳しい要件を満たす必要があります。個別の用途(EV、PHEV等)で目標が幾分異なるので、興味をお持ちの方はウェブサイト(https://uscar.org/publications)に掲載されている資料をご覧ください。エネルギー密度の向上が最も望まれていますが、安全性、経年変化によるカレンダー寿命、充放電の繰り返しによるサイクル寿命のほうがより重視される場合もあります。この20年の間にいくつかの新規電極材料が発表されていますが、これまでのところ、自動車への応用に必要な要件をすべて満たす理想的な電池システムの開発には至っておらず、各用途に応じてさまざまな電極材料を用いた、構成の異なるいくつかのタイプの電池システムが存在しています。

市販の電池電極材料

表1に一般に市販されている正極材料と負極材料の特性を示し、図2には金属リチウムを負極に用いた半電池におけるいくつかの電極の電圧特性を示しました。現在の正極材料は、第一遷移金属を含む酸化物またはリン酸塩化合物が主流です。負極についての選択肢は少なく、黒鉛またはインターカレーション化合物Li4Ti5O12をベースとした材料です。これらの材料は軽量であるために比容量とエネルギー密度は大きくなり、どの材料にも短所があるものの、一般的に良好な性能を示します。 

表1市販の電池電極材料の特性(※:平均値)
リチウム半電池におけるさまざまな電極材料の電圧特性

図2リチウム半電池におけるさまざまな電極材料の電圧特性

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正極材料

初めてインターカレーション系正極用酸化物として用いられたLiCoO2は、現在でも家庭用デバイスの電池に用いられています。この化合物はα-NaFeO2層状構造(空間群R3-m)を持ち、立方最密充填している酸素面の両側に遷移金属イオンとリチウムイオンが八面体サイトを占めるように交互に配列しています(図3)。リチウム半電池におけるLiCoO2の電位特性は勾配が緩やかであり、約半分のリチウムを4.2 V vs. Li/Li+までに放出することが可能で、比容量は140 mAh/gです。最高充電電圧を上げることで高い比容量を得ることができますが、過度にリチウムを放出したLixCoO2化合物は構造的に不安定であり、電解液の酸化分解も不可逆的な反応であるため、サイクル寿命には良い影響を与えません7。一方で、Coの埋蔵量は少なく、かつ高価であり、より高いエネルギー密度が求められることから、その他の層状遷移金属酸化物の研究が進み、LiNi0.8Co0.15Al0.05O2(NCA)8,9,10,11およびLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2(NMC)12が新たに開発されました。これらはLiCoO2と同じ結晶構造ですが、比容量が大きく、LiCoO2と比べて構造的、化学的、熱的安定性も改善されています13。親(parent)化合物(NCAではLiNiO2、NMCではLiNi0.5Mn0.5O2)と比較しても、Coの使用量が少なくなるために価格が下がり、構造安定性も改善されます。NCAをAl置換することで材料の熱的安定性が高まりますが、安全性への懸念が残ります。NMCでもCoをAlで部分置換すると熱的挙動14とサイクル安定性15が改善され、また、少量のTiを添加することで実質的な容量が向上し、広い電圧範囲においてサイクル特性が改善される16,17ことが明らかになっています。

Li-Mn-O系の場合、R3-m構造を持つLiMnO2を直接合成することができないため、化学量論的化合物LiMn2O4などのスピネル化合物18,19が最も重要となります。層状NaMnO2のイオン交換によりLiMnO2を合成することができますが、充放電の繰り返しによって急速にスピネル型に転移します20。LiMn2O4は立方晶構造(空間群Fd-3m)を持ち、立方最密充填した酸素アニオン配列において、Mnは八面体の16dサイトを占め、Liイオンは四面体の8aサイトを占めています(図3)。空孔八面体サイトへのLiイオンの挿入が3 V vs. Li/Li+未満で起き、Jahn-Teller歪みによる正方晶相Li2Mn2O4が生成します。相転移時に結晶構造がc軸方向に16%伸長するため、粒子の破砕と微粉化につながり、充放電による急激な容量低下の原因となります。4 V vs. Li/Li+以上では、8aサイトからのLi脱離(λ-MnO2が生成します)が起こり、この反応は高い可逆性を持ちます。したがって、充放電は4 V領域に限定され、その結果、化学量論化合物(LiMn2O4)の理論容量は148 mAh/gとなります。実際には、過剰のリチウム(Li1+xMn2-xO4)またはAl置換による改良21,22によってLiMn2O4よりも性能特性の改善が行われ、製品化されています。MnをLiまたはAlで部分置換すると、理論的な容量は下がりますが、充放電中に平均酸化状態の3.5よりも過剰にMnが還元されることを防ぎ、Jahn-Teller効果による正方晶相の生成につながるリスクが大きく低減されます。酸化マンガン系スピネル電極の性能は、当初報告されていたよりも大きく改善されていますが、やや酸性の電解液にMnが溶出する傾向があるため、特に高温において他の酸化物やLiFePO4ほど高いサイクル性能を得ることができません。容量低下は、スピネル電極がリチウム半電池で充放電された場合には緩やかですが、黒鉛負極を用いたフルセルでの評価ではいっそう顕著になります。これは、黒鉛負極上に溶出マンガンが析出し、固体電解質界面(SEI:solid electrolyte interface)が破壊されることに起因します。溶出を改善する方法には、粒子表面のコーティング23や非フッ素化電解質塩の使用24,25があり、ある一定の成果を収めています。サイクル特性の問題はありますが、Mnが安価で資源的にも豊富であり、スピネル電極が高出力であることから、自動車や民生用デバイスへの利用において期待されています。

一般的な電極材料の構造

図3一般的な電極材料の構造。上段、左から右:層状LiMO2(M = Co、Ni、Mn)、スピネル型LiMn2O4とLi4Ti5O12、オリビン型LiFePO4。下段、左から右:黒鉛、Li2FeSiO4、xLi2MnO3•(1-x)LiNiyMnyCo1-2yO2。黄色の球はLiイオンを表しており、MOXユニットは着色された多面体で示してあります。黒鉛中のC原子は白色の球で表しています。

1997年に、正極材料としてオリビン型LiFePO4が初めて報告されました26。この斜方晶構造にはFeO6八面体とPO4四面体が含まれ、互いにネットワーク化して1Dチャネルを形成することによってリチウムはb軸に沿って拡散します(図3)。理論的な比容量は約170 mAh/gであり、放電特性は3.45 V付近で平坦な曲線になっていますが(図2)、これは二相共存反応(LiFePO4 ↔ FePO4 + e- + Li+)の特徴です。当初報告された電気化学的電池での低い利用率およびレート容量27,28は、電子伝導性と輸送特性が低いことが原因でした。粒子のナノ構造化と炭素コーティングによって性能が大きく改善され、現在では、LiFePO4は入手可能な最も優れた電極材料の1つであると考えられています29。なお、電気化学的に不活性な炭素を添加することによって実質的なエネルギー密度が低下するため、粒子へのコーティング量を最小限に抑えるように注意する必要があります30,31。同様に、ナノ粒子状粉体の充填は難しい場合が多いので、電極にバインダーや導電助剤の添加が必要となり、実質的なエネルギー密度がさらに低下します。ナノサイズの一次粒子がより大きな多孔性の二次粒子に組織化された階層構造化によって、このエネルギー密度低下を幾分防ぐことができます。図4に、優れた電気化学的性能をもつ階層構造複合物LiFePO4/Cの例を示します32

優れた電気化学的性能をもつ階層構造複合物LiFePO4/C

図4左上:多孔性LiFePO4/C粒子の走査型電子顕微鏡写真。左下:LiFePO4/C粒子表面の透過型電子顕微鏡写真。薄いアモルファス炭素層が見られます。右上:LiFePO4/C複合材料を用いたLiセルのレート特性。右下:LiFePO4/C粒子の元素マッピング。各元素が均一に分散しています。文献32より許可を得て修正、掲載。

LiFePO4/C電極はエネルギー密度が比較的低いにもかかわらず、安全性に優れているため自動車用電極として注目されています。充電状態の物質であるFePO4は、高温時に酸素を発生せず、むしろ電気化学的に不活性な同じ組成の石英型構造に転移します33。また、動作電圧が低いため、電解液との反応性や関連する安全性の問題が、これまで紹介した高い電圧で動作する酸化物電極ほど懸念されません。LiFePO4電極の場合、反応性が低いことでナノ構造化の手法を用いることが可能となりました。これとは対照的に、酸化物電極のナノ構造化では、充放電サイクル時の容量低下が加速されるだけでなく、高い粒子表面積による電解液との反応性の向上や酸素放出の加速など、安全性の問題が懸念されます。図5は、この現象の例として、リチウム半電池において4.7 Vまで充放電の繰り返しを行った場合、ナノ構造NMCは従来の方法で合成された材料より容量低下が著しいことを示しています。

充放電サイクル特性

図50.1 mA/cm2、4.7 V ~ 2.0 V の範囲での充放電サイクル特性。異なる2つのLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2サンプルが用いられています(赤:グリシン-硝酸塩法によるナノ粒子、青:共沈法によるミクロンサイズ粒子)。

負極材料

現在、商品化されている負極材料は、炭素系材料(主として黒鉛)と酸化物スピネルLi4Ti5O12の2種類のみです(図3)。低電圧でリチウムの挿入が可能な電極材料の利用によって、現在でも充電式電池への利用を困難にしている、リチウム負極上でのデンドライトの形成に伴う充放電サイクルと安全性に関する問題を避けることができます。通常の動作条件下および最も過酷な条件下でも、リチウムデンドライトが黒鉛負極上で成長することはなく、高い信頼性で電極の充放電を繰り返すことができます。リチウムイオンがグラフェンシートの間に挟まれたグラファイト層間化合物(GlC:graphite intercalation compound)であるLixC6(x = 1)化学的合成は、1955年にHéroldによって初めて報告されました34。リチウム‐黒鉛層間化合物の電池への利用は、1977年にArmand Touzainによって提案されましたが35、当時一般的に用いられていた電解液の共挿入や非可逆的な還元反応のために、充放電を繰り返すことができませんでした。リチウムイオン電池における黒鉛負極の使用が可能になったのは、炭酸エチレン(EC)を含有する電解液が見出されたことによります。この電解液の場合、初期充電サイクル中に電気化学セルにおける黒鉛へのリチウムの挿入に伴い、グラファイト表面に固体電解質界面(SEI)が形成されます。このSEIはイオン導電性を示すものの電子伝導性を持たず、一度形成されると電解液の不可逆的還元反応が進行するのを効果的に防ぎます。しかし、初期反応において電解液の一部がSEI形成のために分解されるために、充電効率が低下します。高純度化や粒子形態の最適化、電解液添加剤の使用により充電効率の低下がかなり改善され、最新のリチウムイオン電池の初期不可逆容量はわずか数パーセントまでに下がっています。なお、正極から溶出した金属の析出や動作中の高温状態によってSEIが破壊されるとSEIの再生成が行われ、利用可能なリチウムの損失(SEIへの固定化)がさらに増える可能性もあります。

黒鉛は、AB(六方晶、最も一般的)もしくはABC(菱面体晶)のいずれかのスタッキング配列からなる、グラフェンシートが積層した構造を有しています(図3)。リチウムイオンが挿入されると、グラフェンシートは六角形構造が完全に重なるAA配列で交互に積層し、LixC6のxの値によって決まる数(n)に応じて、グラファイト層n枚ごとに周期的にリチウムが挿入した構造が形成されます(たとえば、x=0.5のステージ2では、リチウムを含む層と含まない層が交互に積層します)。この現象は、リチウム/黒鉛半電池の電圧特性において、段階的な電圧変化を示す平坦域(約0.2~0.1 V領域)として現れます。

グラフェン領域を有するものの広範囲において構造的配列を持たない非黒鉛(non-graphitic)炭素についても、リチウムイオン電池用途としての関心が集まっています。このような材料へのリチウム挿入は通常、黒鉛より高い電圧で生じ、ステージ構造の変化は起きません。不可逆容量は黒鉛と比べてかなり大きい場合が多いのですが、乱層(disordered)炭素のいくつかのタイプ(たとえばハードカーボン)のSEIは破壊されにくいために、金属溶出が問題となる酸化マンガン系スピネル正極と共に使用するのに適しています。乱層炭素構造は非常に複雑で、電気化学特性(電圧特性の形状や容量)がかなり異なります。炭素負極材料の詳細については、文献36および37を参照してください。

スピネル型チタン酸リチウムLi4Ti5O12は炭素負極の代替材料ですが、動作電圧が高いため(1.5 V vs. Li/Li+)、高いエネルギー密度を必要としない用途での使用に限られます38Li4Ti5O12は、可逆的なリチウムの挿入・脱離反応において岩塩型構造のLi7Ti4O12を形成します。その他ほとんどのインターカレーション材料と異なり、リチウム挿入・脱離プロセスで体積変化を示さないために、サイクル特性に極めて優れたzero-strain材料です39。さらに、高い動作電圧において有機カーボネート系電解液が熱力学的に安定であるので、電極として機能するためにSEIが形成される必要はありません。Li4Ti5O12は電子導電性が低い物質のため、多くの場合ナノ構造化が行われます。LiFePO4と同様に、本来の特性である低いエネルギー密度に及ぼす影響については今もなお懸念されているものの、Li4Ti5O12の低い反応性によってナノ構造化の手法が用いられています。ナノ粒子の形状が均一かつ球状であり、高い充填密度が得られる場合に、最も優れた結果が得られています40。ナノ構造Li4Ti5O12とLiFePO4からなるセルは、10Cまでの放電レートで200回を超えて充放電することが可能で(全電池容量を1時間で放電した場合の電流値を1Cレートとして定義します)、容量低下も見られません。

高性能電池を目指して

現在のLiイオン電池用電極の研究では、高エネルギー密度材料の探索が中心です。正極に関しては、高い電池容量の材料や、LiNi0.5Mn1.5O4図2)のような高電圧で作動可能な材料が開発中です。前者の例としては、一般式xLi2MnO3•(1-x)LiNiyMnyCo1-2yO2で表されるHCMR(high capacity manganese-rich)層状複合酸化物41や、理論的には化学式あたり1つ以上のLiを脱離することができるLi2MSiO4(M = Fe、Mn、Co)のような化合物が挙げられます。この層状複合酸化物(layered-layered composite)の場合、電気化学セルにおいて約4.4 V vs. Li/Li+を超える電圧での初期充電によって、リチウムイオンと酸素が不可逆的に脱離し、通常であれば電気化学的に不活性なLi2MnO3成分が活性化されます。その際形成される層状「MnO2」構造においてリチウムイオンのインターカレーションが可能なため、NMC由来の電池容量に新たに容量が加わります。これら複合材料に関しては非常に高い容量(時には250 mAh/gを超える容量)が報告されていますが、充放電サイクルによって層状MnO2成分が徐々にスピネル型に変化するために、レート特性が低く、電圧低下がみられます。

Li2MSiO4の化学式あたり2つのリチウムイオンが脱離する場合、2価の金属中心(M2+)に対して最終的にM4+への酸化還元反応が必要となり、理論的には約330 mAh/gもの高容量材料となります。第一原理計算によると、Fe3+のFe4+への酸化は非現実的な高電位でないと実現せず42、電気化学セルにおけるLi2FeSiO4の充電中には1つのリチウムイオンしか脱離しないことが実験的に明らかになっています43。ケイ酸塩中のFe3+のFe4+への酸化と比べて、Mn3+のMn4+への酸化は低い電圧で起きることが期待されますが、正極材料としてのLi2MnSiO4またはLi2(Mn,Fe)SiO4の利用は、これまでのところあまり成功していません。ナノ構造化や多量の炭素の添加によっても低い輸送特性を十分に補うことはできず、実質的なエネルギー密度にはマイナスの効果を及ぼします。さらに、挿入反応が起きる電圧範囲が広いことで、放電時の出力低下につながるために好ましくありません。金属中心の酸化数変化が1以上の化合物は高容量材料の可能性を秘めているため、これらの特性を備えた電気化学的活性材料の探索が引き続き行われています。

これとは対照的に、高電位スピネル型正極材料LiNi0.5Mn1.5O4は、市販製品で用いられている材料と比較してエネルギー密度の優位性はそれほど高くありませんが(たとえば、Li1+xMn2-xO4よりわずかに約30%高い)、レート特性およびサイクル特性が非常に高く、ナノ構造化を必要としません44。高い動作電位には、新たな電解液の開発や粒子表面のコーティングなど、クーロン効率(充電容量に対して取り出すことのできる放電容量の割合)の低さを改善し、サイクル寿命を延ばすための方策を必要とする場合があります。また、LiMn2O4と同系構造の化合物と同様に、Mnの溶出がサイクル寿命にとって問題となる可能性もあります。いずれの場合においても、この現象は電気的に活性なMn3+の存在に関係しています。LiNi0.5Mn1.5O4の理想的な構造では、Mnイオンは+4の酸化状態にあり電気化学的に不活性のため、Niのみが酸化還元反応に関与します。実際のサンプルでは、通常ある程度の非化学量論性を示すことから、過剰量のMnが3価の状態で存在し、約4 V vs. Li/Li+における容量変化として電圧特性に示されます(図2)。

新規負極材料の研究は、Li合金(主にSi系)45と単純な挿入反応ではなくコンバージョン反応(反応式1)に基づいた新たな電極材料46に注目が集まっています。

nLi+ + ne + Mn+Xm ↔ M + nLiXm/n (X=O, F, N, S)         (反応式1)

反応式1の出発物質は一般に遷移金属ナノ粒子であり、リチウムとの反応によって金属元素とリチウム塩に容易に還元されます。比容量が非常に高くなる(700 mAh/g以上)可能性を秘めていますが、初回充放電の効率が低く、電圧特性が傾斜しており、低い可逆性につながる大きな充電/放電分極(ヒステリシス)の問題があります。ヒステリシスは、単に速度論的な問題というよりむしろ反応メカニズムに起因する問題である可能性が高く、ナノ構造化によって改善できると考えられます。電気化学的プロセスにおける結合切断や再形成が起き、充電時と放電時の反応経路が異なる可能性があります。

シリコン/リチウム系材料の比容量は、端成分であるLi4.4Siまで還元された場合、リチウム合金の中でも最も高い4,200 mAh/gを示します。合金化に伴う非常に大きな体積変化(最大400%)によって従来のミクロンサイズのシリコンから作製したコンポジット電極では劣化と分解が急速に進み、サイクル寿命は短くなります47。また、この体積変化によって生成される露出表面上にSEI層が新たに形成されていくことで、クーロン効率の大きな低下をもたらします。リチウム合金化/脱合金化反応時の機械的応力を低減するために、Siのナノ構造化によって体積膨張を抑える方法が精力的に研究されています48。その他の取り組みには、コンポジット電極に弾性を与える特殊なバインダー49や、バインダーと導電助剤の両方の役割を持つ導電性ポリマー50の使用が挙げられます。

現在、市販の負極材料には容量の向上のために少量のシリコンが添加されており、今後は、黒鉛系材料がシリコンで置き換わっていくことが予想されます。シリコンの比容量は黒鉛の10倍以上であるにもかかわらず、Si負極を用いた電池のエネルギー密度は約30%の改善しか期待されません。これは、負極と比較してエネルギー密度のはるかに低い正極とのマッチングが必要なためで、しかも正極材料は必要なリチウムすべてを供給しなければなりません。したがって、電池全体としてのネルギー密度の向上には、より高容量正極材料の開発が必要となります。

まとめと課題

要求性能の厳しい自動車用途に適した高性能リチウムイオン電池が必要とされている現在の状況は、材料科学分野の研究者にとっては課題であると同時にチャンスでもあります。自動車用途や民生用電子デバイスでの利用には、エネルギー密度の向上が切に望まれていますが、安全性、サイクル寿命、カレンダー寿命等を犠牲にすることはできません(図5)。このような中で、ナノ構造化は、現在市販されているLiFePO4やLi4Ti5O12をはじめとする反応性の低い材料に用いるのに最適な手法です。また、ナノ構造化はシリコン負極材料に対しても有効であることが明らかになっており、研究が活発に進められています。最近では、シリコンに加えて、層状複合酸化物(layered-layered composite)、高電位スピネル材料、コンバージョン材料、ケイ酸塩をはじめとする多電子酸化還元反応を示す化合物などの新規高エネルギー密度電極材料が新たに注目されています。

謝辞

This work was supported by the Assistant Secretary for Energy Efficiency and Renewable Energy, Office of Vehicle Technologies of the U.S. Department of Energy under Contract No. DE-AC02-05CH11231.This document was prepared as an account of work sponsored by the United States Government.While this document is believed to contain correct information, neither the United States Government nor any agency thereof, nor the Regents of the University of California, nor any of their employees, makes any warranty, express or implied, or assumes any legal responsibility for the accuracy, completeness, or usefulness of any information, apparatus, product, or process disclosed, or represents that its use would not infringe privately owned rights.Reference herein to any specific commercial product, process, or service by its trade name, trademark, manufacturer, or otherwise, does not necessarily constitute or imply its endorsement, recommendation, or favoring by the United States Government or any agency thereof, or the Regents of the University of California.The views and opinions of authors expressed herein do not necessarily state or reflect those of the United States Government or any agency thereof or the Regents of the University of California.

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